背中だけ

2/152
前へ
/152ページ
次へ
「瀬能さ、そんだけ顔良かったら下手な女連れてるより見栄えするし、とりあえず出来るか試させてよ」 耳障りな荒い息。 強く壁に押さえ付けられた手首の痛み。 怒りと嫌悪と、抗えない恐怖心。 何度も繰り返し思い出す光景。 吐き気がする。 昼休みを告げるチャイムが鳴り、購買へ目当てのパンを求めてダッシュする者、学食へ向かう者、その場で弁当を広げる者、そんなクラスメイトを横目に、瀬能 遥は大きく伸びをして机に突っ伏した。 「遥、具合でも悪いのか?」 頭の上から降ってきた声に、チラリと目だけを覗かせる。 高野健吾。 遥の幼馴染みである彼とは、幼稚園からの付き合いだ。 中学から続けている柔道の賜物なのか、遥に比べて二回りほど体格がいい。 中高と美術部で絵ばかり描いている自分とは、雲泥の差だ。 「別に。眠いだけ。春だし。」 「いつまで春引きずってんだ。6月だぞ。」 呆れ顔の幼馴染みに、うるさい。とぶっきらぼうに答える。 「早く弁当食うぞ。腹へった。」 「はいはい。」 だるそうに上体を起こした遥は、大きな欠伸をして、目尻に浮かんだ涙ごと目を擦った。
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

207人が本棚に入れています
本棚に追加