背中だけ

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コンコン。 ノックの音でハッと我に返った遥は、開けっ放しの扉の前に立つ佐久間の姿に首を傾げた。 「佐久間?」 「お疲れー。」 いつの間に皆帰ったのか、美術室には遥一人しか残っていない。 窓の外も仄かに暗くなっている。 「何か用?」 訝りながら問う。 佐久間は、遥の周りにはいないタイプで、考えていることがなかなか読めない。 それでも、自分とは正反対な性格であることは確かな気がした。 「いや?ちょっと話しに来ただけ。」 いつもの笑顔で、側に寄ってくる。 「話って、モデルの打ち合わせみたいなやつ?」 「そんな嫌そうな顔しないでよ。昼休みにも言ったけど、そんな堅苦しいやつじゃないからさ。俺が撮りたいなーって思った時に勝手に撮るから、瀬能は普通にしてて良いよ。」 「撮るとき、ちゃんと言えよ。」 「えー。言ったら瀬能固まるんじゃないの?そのまま自然体でいられる?」 「何も言わないで撮るのって、盗撮じゃん。」 「瀬能が許可してくれたら、盗撮じゃなくなるじゃん。背中だけだし、お願い。瀬能。」 「…やっぱり断れば良かった。」 つい、本音が漏れる。 「今更そんなこと言うの無し。それとも、男に二言があるの?」 「…ねーよ。」
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