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「変わったね、マモル。初めて会った頃は、そんな冗談言うような人じゃなかったのに」
「おかげさまでな」
そう。成長したのは陽だけではない、とは自分でも気づいていた。
彼と付き合うには、並々ならぬ我慢が、忍耐力が必要だった。からかわれても、裏切られても、手ひどい仕打ちを受けても、じっと堪えてただ受け止めた。
我慢は美徳だ、人生の修行だ、と過去の衛は考えていた。しかし陽と出会ってからは、その我慢にもいろいろあることを知った。
苦しい修行などではなく、朗らかで刺激的な、甘い我慢もあるものだ。
衛は、黙って白衣の第2ボタンをちぎると、陽の手に握らせた。
ボタンを手にしても、陽は嬉しそうではなかった。
うつむき、黙ってしまった彼の横に衛が座ると、古いソファがぎしりと鳴った。
「僕は。その、悪い子だったかな?」
「ぅん?」
「身勝手で、だらしなくて、わがままで……。マモルは、本当は僕なんか嫌いだったんじゃないの?」
突然しおらしくなってしまった陽に戸惑いつつも、衛は思わず吹き出した。
「そんなことを心配していたのか? 何を今更。お前が我儘じゃなかった事など無い……」
バッチィイイイインンンンン!
言い終わる前に両手挟みビンタをかまされ、秋月の耳はキンキンと鳴り響いた。
「ひどい! マモルの馬鹿! こんな時は、もっと……」
「もっと、何だ?」
「もっと……」
後はもう、何も言わずに陽は衛の胸に抱きついてきた。
耐えに耐え、堪えに堪えていたのだろう。嗚咽が漏れ、肩が震えている。そんな彼の背中を、衛は優しく一撫でしてポンポンと軽く叩いた。
初めて会った時から、俺の心を捕らえて離さなかったこの少年。ただの生徒というにはあまりにも美しく可愛く、魅力的過ぎた。
一本気で、これまで真っ直ぐ突き進んで来た迷う事のないこの精神に、大きな石つぶてを何度も何個も放り投げては、波紋を作ってきた橘 陽。俺の心を散々掻き乱しては笑う、いたずらな猫。
衛は、陽の耳元で囁いた。
「俺も、お前のボタンが欲しい。貰ってもいいか?」
耳にかかる吐息に、陽はぞくりと震えた。
甘い、マモルの声。
これまでに聞いたことのない囁きが、全身に巡った。
黙って、一つこくりと頷くと、衛は耳元に唇を置いたまま陽のブレザーを脱がせ、手探りでシャツのボタンに指を掛けた。
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