第一章 appassionato(アパッショナート)・情熱的に

10/16
前へ
/49ページ
次へ
「変わったね、マモル。初めて会った頃は、そんな冗談言うような人じゃなかったのに」 「おかげさまでな」  そう。成長したのは陽だけではない、とは自分でも気づいていた。  彼と付き合うには、並々ならぬ我慢が、忍耐力が必要だった。からかわれても、裏切られても、手ひどい仕打ちを受けても、じっと堪えてただ受け止めた。  我慢は美徳だ、人生の修行だ、と過去の衛は考えていた。しかし陽と出会ってからは、その我慢にもいろいろあることを知った。  苦しい修行などではなく、朗らかで刺激的な、甘い我慢もあるものだ。  衛は、黙って白衣の第2ボタンをちぎると、陽の手に握らせた。 ボタンを手にしても、陽は嬉しそうではなかった。  うつむき、黙ってしまった彼の横に衛が座ると、古いソファがぎしりと鳴った。 「僕は。その、悪い子だったかな?」 「ぅん?」 「身勝手で、だらしなくて、わがままで……。マモルは、本当は僕なんか嫌いだったんじゃないの?」  突然しおらしくなってしまった陽に戸惑いつつも、衛は思わず吹き出した。 「そんなことを心配していたのか? 何を今更。お前が我儘じゃなかった事など無い……」  バッチィイイイインンンンン!  言い終わる前に両手挟みビンタをかまされ、秋月の耳はキンキンと鳴り響いた。 「ひどい! マモルの馬鹿! こんな時は、もっと……」 「もっと、何だ?」 「もっと……」  後はもう、何も言わずに陽は衛の胸に抱きついてきた。  耐えに耐え、堪えに堪えていたのだろう。嗚咽が漏れ、肩が震えている。そんな彼の背中を、衛は優しく一撫でしてポンポンと軽く叩いた。  初めて会った時から、俺の心を捕らえて離さなかったこの少年。ただの生徒というにはあまりにも美しく可愛く、魅力的過ぎた。  一本気で、これまで真っ直ぐ突き進んで来た迷う事のないこの精神に、大きな石つぶてを何度も何個も放り投げては、波紋を作ってきた橘 陽。俺の心を散々掻き乱しては笑う、いたずらな猫。  衛は、陽の耳元で囁いた。 「俺も、お前のボタンが欲しい。貰ってもいいか?」  耳にかかる吐息に、陽はぞくりと震えた。  甘い、マモルの声。  これまでに聞いたことのない囁きが、全身に巡った。  黙って、一つこくりと頷くと、衛は耳元に唇を置いたまま陽のブレザーを脱がせ、手探りでシャツのボタンに指を掛けた。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

197人が本棚に入れています
本棚に追加