影鬼

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 俺の中で危険信号が点滅している。これはヤバイ。俺はベランダの窓を開けると、となりのベランダ越しに、その隣へと続く、非常階段へ足を伸ばした。あと、もう少し。足が届いて、非常階段の手すりにつかまったとたんに、ぐるりとバランスを崩して、踊り場のコンクリートでしこたま背中を打ちつけた。その音に気付き、玄関前に居た男達がこちらを見た。ヤバイ、気付かれた。俺は背中の痛みを押して、脱兎のごとく走る。 「待てごるあああああああ!」 二人の男が凄い形相で走ってきた。 俺は、夜の歩道を裸足でひた走る。これでも、もと陸上部だ。そんじょそこらの男には負けないと思っていたが、長きに渡り怠惰な生活を送ってきた俺は、すぐに息が上がった。 捕まったら殺されるかも。そう思うと、火事場のクソ力のようにリミッターが外れ、俺はまた奴らとの距離をぐんと引き離し、とある廃墟と思われるような雑居ビルの地下へと逃げ込んだのだ。  男達はまいたようだ。ほっとした俺の目の前に不思議な光景が現れた。単なる廃ビルの地下だと思っていたところに、何件かの店が連なっていた。なんとなく、そこは、市場に似ている。 魚市場、もしくは、野菜市場というべきであろうか。陳列の箱の中には、いろいろな怪しげな物が並んでいた。 なんとなく、骨董品なのだが、いわく付きのような不気味な物を売っているお店。その隣は、真っ白な卵が所狭しと並んでいた。卵屋の男とも女とも若いとも老いているともわからない店主に手招きされたが、無視を決めた。あれには関わってはいけないと俺の本能が教えていた。盛大な店主の舌打ちが聞こえたが、聞こえないふりをした。  その隣の店の店主を見て驚いた。なんと、俺とそっくりではないか。 「いらっしゃい。」 その店の俺は、くったくのない笑顔で俺を迎えた。 自分自身と対峙することが、こんなにも不気味なものだとは思わなかった。 これはドッペルゲンガーという現象か? やはり俺は死ぬのか。金が返せないのなら、臓器の一個でも売れというものだが、それでは済まないくらいには借金は膨らんでいた。
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