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「お兄さんは、どうして自分が目の前にいるんだ、って思っているだろう?」
俺の声でそいつはたずねてきた。俺は黙っていた。
「俺がお兄さんを助けてあげようってのさ。お兄さんは俺に、影を売ってくれるだけでいい。」
「影を売る?」
「そう、影を売ってくれるだけでいい。金に困ってるんだろう?借金の金額、満額で買い取ってあげるよ。」
どういうことだ。影を売る?この俺そっくりの男は、頭がおかしいのだろうか。どうして借金があるこを知っている?怪しい。
「そんなもの、信じるわけないだろう。影なんて売ろうにも、できるわけがない。」
「それが、ここではできるんだな。な?悪い話じゃないだろ?影なんて、人生の何に役に立つっていうんだい?必要のないものを、高額で引き取ろうって言うんだ。俺はアンタだから事情は何もかも知って助けてやろうってんだよ?乗らない手はないだろう?」
そう言うと、男はバッグから手の切れそうな帯付きの札束を出してきたのだ。
俺は、ごくりと喉が鳴った。欲しい。いますぐ。もう決して馬鹿な金の使い方はしない。
この金さえあれば、俺は追われることなく自由に暮らせるのだ。
俺は差し出された札束に手を伸ばし、金を受け取った。
「はーい、取引成立ー。今度は、アンタが鬼だよ。」
店主がそう言って、満面の笑みをたたえると、その顔がぐにゃりと曲がり、ぐるぐると渦を巻くとめまいがした。
店主は顔から体までぐにゃぐにゃとアメーバーのように溶け出して俺のほうに流れて来た。
気がついた時には、俺は店主が座っていた椅子に腰掛けていた。
そして、目の前には俺そっくりの店主が立っていた。
「いやあ、長年待った甲斐があったよ。なかなかここにたどり着いてくれる人がいなくてね。」
何を言ってるのかよくわからない。俺が呆然としていると、店主の俺はズボンのポケットから札束を出してきた。
「あっ!いつの間に。返せ!俺は影を売っただろう!」
俺は目の前の自分に掴みかかろうとしたが、何か壁のようなものに阻まれてつかむことが出来ない。
「無駄無駄~。俺もさんざん、ここから逃げる策は探したさあ。でもダメだった。」
そいつは俺の顔でニヤニヤ笑いながら俺を見ている。
「どういうことだ!」
俺が叫ぶと、目の前の俺もどきが、話し始めた。
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