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「俺もねえ、アンタみたいに、人に追われてここに迷い込んだんだよねえ。もっとも、俺はヤクの売人で、しのぎのピンハネが大元にバレて、ヤクザに追われてここに逃げ込んだんだけどさ。地獄の沙汰も金次第さね。その時に持ってた金がこんな時に役に立つとはね。俺もここで自分そっくりのヤツに、助けを求めたんだけどさ。影をくれって言われたからさ。こっちも命がかかってるから、影でもなんでもくれてやる、って言ったの。そしたら、そいつと交代して、5年もここに居たわけさ。」
何がなんだかわからない。こんなのは作り話だ。
でも、何故、ここから出られない。
それが答えなんじゃないか。俺は青くなった。
さらに、その俺もどきは続けた。
「アンタ、影踏みって知ってる?まあ、あのようなものかな?前の鬼が教えてくれたのさ。アンタは鬼になっちゃったの。影を得た鬼は、人の世に戻ると、いろんな悪さをするらしい。つまり、今の俺は、アンタであり俺であり鬼の能力を得た最強の俺ってわけ。しかも、以前の俺はヤク中のしなびたオッサンだったけど、来訪者があればその者の姿を借りることができる。そして契約すれば、晴れてその肉体は、自分のものってわけよ。いやあ、悪いね、兄ちゃん。こんな若くてピチピチの肉体になれてうれしいよ。ありがとうな。借金は綺麗に片しておいてやるからさ。この金で。兄ちゃんも命あってのものだねだよぉ。頑張って次の来訪者を待って、上手いこと騙して、影を奪えよ。じゃあな。」
そう言って、ウィンクを投げると、背を向けた。
「待って!待ってくれ!俺はずっとここに閉じ込められるのか?俺の影を返してくれ!」
俺が叫ぶと、俺もどきは、ニヤニヤと笑いながら
「悪く思うなよ。すまんな。」
とちっとも悪びれることなく去っていった。
呆然と立ち尽くし、途方にくれていると、隣の卵屋の店主がその様子を見てニヤリと笑った。
「アンタが、こっちで卵を買ってたら、助かってたのにねえ。残念だが、あたしゃこっちの世界の人とは取引しないんだ。何のうまみのないからねえ。」
ここは、闇市。魔が集う場所。
足を踏み入れないように気をつけて。
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