第2話「お人形と笑顔の練習。」

48/50
342人が本棚に入れています
本棚に追加
/414ページ
黙り込んでしまった杏君に、俺はどうしたらいいのか分からなくて、困ったまま口を閉ざす。 すると杏君が、ぽつりと言った。 「…俺は、人形だから」 「…え?」 人形? すると杏君が顔を上げて、俺に視線を向けた。 無表情な顔に、虚ろな眼差しが俺を見つめる。 「…楽しいとか嬉しいって思ったら、人は笑顔になるって、先輩は言いました。でも…俺は人間じゃない、だから笑う必要もない」 「待って、おかしいよ。杏君は人間だ、人形なんかじゃないだろ?」 俺は無意識に怒った口調になって、杏君の肩に手を置いていた。 杏君の瞳を見つめて、言う。 「杏君にはちゃんと感情がある。笑うことだって出来るんだ。人形なんかじゃない」 「…けど、人形じゃなきゃ、俺は律に捨てられる…」 「え、律斗君?」 「…俺は律の人形なんです。律がそれを望んでいるんです。そうしなきゃ、あいつは俺を捨てる。そしたら俺は1人になる、1人は、嫌だ」 「ちょっと待って…」 「誰も俺を必要としない。でも律だけが俺を見てくれる。ーー…っ、必要としてくれる」 ぎゅっと、杏君の眉が寄った。 杏君の無表情が、崩れかかっているーー…。 「杏君、大丈夫だから、落ち着いて」 「っ…」 ぽんぽんと頭を優しく叩いて、ゆっくり撫でると、杏君は辛そうな顔のまま俯いた。 初めて見る、杏君の顔だ。 「…律斗君は杏君のこと大切に思ってる。だから、人形なんかにならなくても、律斗君は杏君を捨てたりしない」 「……そんなの、わからない」 「じゃあ、俺じゃダメかな?」 ぴくっと肩が震えて、杏君は恐る恐る顔を上げた。
/414ページ

最初のコメントを投稿しよう!