「ただいま」が聞きたくて

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『今日は記念日ですね』  私はメッセージ作成画面まで進んで、手を止めた。  二年前に別れた彼女から、こんな連絡が来たら気味が悪いと思うかもしれない。  むしろ怖いとさえ思うかも。  私は慌てて、文字を消そうと、キーボードの右上にある矢印マークを連続でタップした。 『今日は記』  血の気が引くというのはこういう事なんだろうか。  矢印ボタンの真上にある、送信ボタン。  タップじゃなくて、長押しで消せばよかったなんていう後悔は後の祭り。 『間違えました、ごめんなさい』  震える手で慌てて送り直した新しい文面。  既読のつかないメッセージ。  たかが五分程度既読がつかない程度で、深刻に悩む私。  馬鹿な自分に悲しくなりながら、私は作業を続けた。  あれ、私があげた服がない。  どうせ処分するのだから一緒なのに、私にとっては重要だった。  もう一度袋の中からクローゼットの中まで確認する。  やっぱり無い。  ーーねぇ、私のあげた服、持ってってくれたの?  聞きたいこと、話したいことが山ほどあるよ。  部屋の中に響くのは、私の泣いてる音と、外で鳴く蝉の声だけ。  ブブブっと、私の携帯が小刻みに震えた。  恐る恐る確認するとーー 『間違えてないだろ。今日は記念日』  慶太からの返信だ。 『住所変わった?』  慶太からの問いかけに、私は何も考えずに『変わってないよ』と返事を返して、電話を鳴らした。 「どうした?」 「どうしたじゃないよ、どこにいるの? 大丈夫なの?」 「実家とりあえず戻って・・・・・・大丈夫だよ」  実家って・・・・・・なんだ、随分近くに居たんじゃない。 「記念日、覚えてたんだ」 「むしろ葵が覚えてたんだ」  電話の奥で綺麗に響く低音が、懐かしい。 「・・・・・・処分しちゃうからね、慶太の物」 「処分してなかったの?」 「バカだから、私」 「なぁ、葵、新しい男出来たんじゃないの?」 「作ろうとはしたよ、やっぱり忘れなきゃいけないと思ったから」 「いや、俺見かけたからさ、てっきり」 「私ーー」 「俺、やっぱりやり直したくて、会いに行こうと思って、そんな時に見かけちゃったから」  胸が痛い。  慶太に会いたい、会って謝りたい。
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