許されぬ恋

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水神のパーティーを台無しにしたのは、敵視する一族の仕業だった。 水神の親父を助け出し、穏便に事を収めて今に至る。 「どこの家でもお家騒動くらいある。若宮のところだってあるだろう?」 「あるさ、だが兄貴が表で頑張ってくれてる。俺は兄貴の力に、支えになれればそれでいい」 「相変わらずのブラコンだな」 「ブラコンで何が悪い」 兄貴は俺の宝物だ。 歳の離れた兄貴は俺の理想そのもの。 「なあ、そう言えば、おまえパーティーで踊ったお姫様がいたろ?そのお姫様とはどうなったんだ?」 「は?特には何も。だが、本当にいい女だったな」 「特には何も、かあ。そっかあ、そうだよな。いくらおまえでもあのお姫様とは無理だよな」 ため息を吐いた悪友の後ろで。 コンコン 扉をノックする音に入れと命じた。 「若宮さまにお客様がいらしておりますが」 「誰だ?」 「……それが」 困惑気味に耳打ちをされた名前に驚いた。 あり得ない名前。 たった今、その女の話題になったばかりだ。 俺を訪ねてくれた名を聞き、応接間へと急ぐ。 その途中で邸の正面につけた車から降りたふたりの姿を見つけた。 ひとりは乳母か、そしてもうひとりは可憐な花―――笑顔がまぶしいほどの 「先日は危ないところを助けていただきありがとうございました。そのお礼にとお伺いした次第です」 ソファーに座って使用人にお茶を用意させると、彼女はそう言って頭を下げた。 特別なことをしたわけじゃない。 あんな状況になったら誰だって同じように行動するさ。 そう言うと、 「いいえ、そんなことはありません。我先にと逃げだす方が多い中、あなた様は身を呈して庇ってくださいました。おかけで傷ひとつもなかったのです」 そして、差し出された箱には見覚えのあるテイラーマークの箱と有名菓子店の箱。 「お借りした上着は破れてしまい、同じものをお返しすることができないのですが、わたしの感謝の気持ちだけでもお受け取りいただけたらと思います。本当にありがとうございました」 桜色のくちびるから、感謝の言葉と笑顔がこぼれた。 あのパーティーの夜に見た時よりももっと可憐で愛らしい。 あの時、暗がりで身を伏せさせた。そんなちっぽけな出来事にわざわざ礼にとお姫様本人が来ただなんて。 桜色の頬。 薄紅色のくちびる。 クセのある黒髪に、―――思わず触れたくなった。 そんなこんなで。 「本当にありがとうございました。またお目にかかれたら嬉しいです」 「ああ。またどこかのパーティーででも」 そう言って艶やかに微笑むと車に乗り込み去っていった。 彼女が帰った後にテーブルの上にあった箱を開けてみると、そこには俺が仕立てるよりも遥かに上質な服が和紙に包まれていた。 箱の側面にあるテイラーの店の名前でわかる。 いつも仕立ててもらっている俺自身がわかっている。 ぴったりなはずだ。 そして、添えられた一枚のカードに気づいた。 ゛感謝をこめて゛と、ひとこと。 そしてカードに添えられた桜のしおり。 「花、か…」 桜の花のような春を思わせる女。 その花に俺はいつかまた会いたいと思った―――
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