許されぬ恋

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まさか。 一ノ瀬を見れば苦しげに目を伏せた。 そんなはずはない。何かの間違いに決まってる。 そんなバカなことがあるはずがない。 一ノ瀬と共に車で病院へと向かう。 飛ばす車の中でただひたすら両手を固く握りしめていた。 信じない。信じられない。信じられるはずもない。 今朝だって笑って兄貴を送り出したんだ。 いつものように、「行ってくるからな。しっかり修行しろよ」なんて言って、頭をポンと撫でて出ていった。 笑ってたんだ。 俺にだけ向ける柔らかな表情は俺の宝物だった。 三津谷総合病院へと向かう。 降りだした雨は強くなり、フロントガラスを容赦なく叩きつける。 雷を誘う雨が、強く、強くなっていく。 うそだ。信じない。嘘に決まってる。 もうこの世に兄貴がいないなんて――― 雨の中、病院に到着して頭を下げる者たちの脇を通りすぎた。 病室の前にふたり、護衛が付き礼を取って頭を下げた。 「……若宮さま、」 中へと通される。 白い壁に広い部屋。 その中にたったひとつのベッドが真っ白いシーツに覆われていた。 その脇には毅然とした親父の後ろ姿。 「……さきほど、息を引き取った」 静かで落ち着いた声音。 だが微かに震えている。 「おまえが来るのを待ってた。『まだかな、あいつ』ってな」 白いシーツがひとつ。その中に膨らむカタチ。 「……早く顔を見せてやれ」 見たら駄目だ。 見たら心が壊れると悲鳴を上げる。 だが、震える手で膨らみの布を取った。 そこにはただ眠ってるだけの兄貴の顔があった。 今朝、見送りして見た顔と何も変わらない。 穏やかな表情のまま、傷ひとつ見当たらない。 眠ってるだけだ。目を覚ましてないだけだ。 きっと何事もなかったように起き上がって俺の頭を撫でるんだ。 「『バカだな』って。『何をそんな表情してるんだ?』って」 「事故だった。たまたま車を停めた先で飛び出した子供を助けたそうだ」 「……あ、兄貴」 兄貴の頬に雫が溢れ落ちた。 きれいな顔には事故だなんて思えない。傷痕もない。 起きてくる。必ず。 「起きろよ兄貴、……起きてくれ」 揺すってもどんなに願ってももう目を覚まさない。 頬に触れた時の冷たさで思い知った。 二度と兄貴に声が届かない。 そして、応えてくれない。 失ったんだ―――兄貴を。 俺の憧れ、俺の目標、俺の一番大切な。 「―――兄貴ぃぃぃぃっ!!」 一番大切なものを今、失った―――
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