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暗く寒い空から降りしきる雨。
それは俺の心を濡らしたまま。
「若宮さま、時間です」
「ああ、わかった」
兄貴の葬儀が滞りなく済んでまた時間に追われる日々が戻ってきた。
それまではいろんな事がありすぎて泣く暇もなかった。
気が張ったままだ。
これから兄貴の遺したものを受け継いでいかなければならない。
そんな時。
思いもよらなかった女性が悔やみに訪れた。
「あなたのお兄さまには、とても良くしていただいたの」
お姫さま。いや、一度は口説いてやろうと思った彼女は兄貴の位牌へと手を合わせてくれた。
「もっと落ち着いてからと思ったのだけれど。でも、どうしても気になって。ごめんなさい」
「いや、…ありがとう」
彼女は癒しの表情を浮かべて俺を見た。
長い睫毛に縁どられた黒真珠の瞳。
潤んだ瞳はどこまでも優しくて。
このままそばにいてくれたら……どんなにか慰められるだろう。
けれど現実は、彼女には幼馴染みの王子さま然とした男と結ばれる運命にある。
今時だが、身分違いだとわかってる。
あの男ではなく俺を選ぶと言ってくれたなら……
いや。そんなことはあり得ないが。
思わず指を伸ばしてその艶のある髪に触れた。
驚いて俺の顔を見上げる彼女。
「え?」
どんな女でもオトす自信があった。
だが、彼女は違う空の下にいる。
俺じゃない、幼馴染みの腕の中で、今までもそしてこれからも―――
けっして、俺のものにはならない。
それが現実―――
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