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「俺は本国で舞台演出の仕事がしたくて、その学校にも通っていたし、ほぼ卒業後の進路も決まっていた。だからそれはできないとはっきり言ったんだけど、父親は聞こうともしなかった」 「演劇の仕事がしたいなら日本ですればいい。バックアップは惜しまない。世界中の監督や役者にわたりをつけてやってもいい。ただ、ずっと俺は日本に、親父の元にいろと」 「何が何だかわからない俺に、親父は言った」 「二度もお前をなくすわけにはいかないんだ、って」 「俺と母親を混同していたのかもしれないし、年がいってからできた子供をずっと手元に置けなかった事を後悔していたのかもしれない。いずれにせよ、老人ならではの頑迷さで親父はどうしても俺を手放そうとしなかった」 「半年ほどしてからようやく仕事を終えた潤くんが来て。そんな状況に驚いたのもつかの間、彼の母親がその後を追うように日本に来てしまって、そっちの対応にも追われるようになってしまった」 「当然俺は帰ると言った。だけど親父は認めようとしないし、俺には帰ろうにも金がない。働こうにも…」 少しだけ、口をつぐむ。 「…まともなところでは、バイトですら俺を雇ってなどくれないだろうって事は最初からわかってた」 どうして?と瀬尾が尋ねると、苦笑いを浮かべてこう言った。 「親父がね、一言言えばたいていの企業は言うことを聞くよ。別に直接何かをするわけじゃなくても、睨まれただけで相手は竦む」 「たとえ親父の息のかかった企業じゃなくても、若造一人なんかの事で親父に睨まれたくはないだろうからね。日本の企業や流通ルートは、たいてい最終的にはいくつかの系列におさまるし、その系列の頂点にいる人間は親父の手が届くところにいる。たとえちっぽけな街の個人商店や中小企業でも、親父の遣いが行けばその日のうちに俺は首になる」 「ましてや俺にはまとまった金が必要だ。パスポートの再取得、渡航費用、むこうで住んでいたアパートは親父に引き払われて荷物は日本にある。向こうに友達はいるけど、最初からヤツらに頼るつもりで帰るなんてしたくない」 きゅ、と唇を引き結ぶ。 「透さんや潤くんはそのぐらい立て替えてくれると言った。大矢さんまで」 ちょっと笑って、 「でも、そうしたらきっと親父はその人に報復するよ。あの人は…」 「いま、俺に関してはまともじゃない」
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