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05
「ありゃ、わざとだな」
笑いながら、大矢は言った。
会員制の倶楽部の奥、一番大事にされる客にのみ提供される一室で。
そこはくつろぐために作られた部屋であり、毛足の長い上等な絨毯に直接ローソファが置かれていて、窓の外には都内の一等地とは思えない日本庭園が広がっている。
夜更けのいまはその窓にはゴブラン織りのカーテンが引かれ、橙色の間接照明が室内の調度を浮かび上がらせている。
「わざとって…」
そう応えるのは、いつものスーツではあるが上着を脱いでネクタイをゆるめた高宮だった。
向かい合うのではなく、L字型のソファに互いに斜めに座っている。
大矢はいつものように軽装で、それなのにこの場に臆する事なくゆったりと座っている。
高宮の手にはウイスキーのロックが、大矢の手には綺麗な青いカクテルがある。
それを少し口に含んで、高宮がグラスをテーブルの上に置く。
「だってそうだろ。和だもん」
何がおかしいのか、大矢の口元には笑みが浮かんでいる。
「かずだもん、てあなた」
苦笑する高宮に構わず、大矢はカクテルを一息に飲み干す。
「甘いな」
ちょっと顔をしかめて、
「やっぱり発泡酒のがいいなぁ、俺は」
下唇を出して不満そうに言った。
「ここで発泡酒出してくれなんて言ったら、スタッフが買いに走らなきゃいけないでしょ」
「何頼んでも断られた事なかったからなあ」
「あなたが頼むものがおかしいんだよ」
「だって、何でもおっしゃってくださいって言うから」
「だからってなにもここで発泡酒頼まなくてもいいでしょ。笑顔のスタッフ、内心で泣いちゃうよ」
「今時の発泡酒、うまいよ」
二人してくすくす笑う。
しばらくして、
「和が…わざとだって…どうしてそう思った?」
高宮が大矢を見ずに、言った。
「あいつが今回の事で透の言うこと聞かないわけないだろ。心配させたくないだろうし」
「…」
「でもまあ、あの性格だからさすがに白黒つけたかったんじゃね?で、一人で出かけられる機会をうかがってたとしたら絶好のチャンスだったはずでしょ」
「でも、せめてひとこと言ってくれれば、ガードをつけるとかできたのに」
「一回ですっぱり終わらせたかったんだろ」
「ケガまでして」
「あのケガが、わざとだって言うんだよ、透」
「え?」
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