50になる中年男

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あの青空の何処かに、自分の帰るところがあるような気がする。 谷川俊太郎の詩の一節にそのような文句があったのを、関貴道(せき たかみち)は今日の晴れた秋空を見ながら思い出した。まったく美しい青空だった。白い羽毛のような、また煙のような雲が流れてやまない。その雲が空の青に穏やかさを与え、心には懐かしさを喚起するのだった。 あそこには軽さと自由とがある。貴道はそう感じた。ふと目を地上に落とせば、たちまち煩瑣な日常に絡まれた自分がいる。ここは、「ごたごた」だ。見上げれば、どこまでも行ける果てしなさ。広い世界。純度の高い清潔な自由。 貴道は青空に、自分の九歳の頃を重ねて思い出す。決して実際には美しい時代でなかったにしても、青空の気分があったあの頃。それが今、憧れとして感じられる。 貴道は九歳の頃、遠くへ転校した。環境も言葉もその時から全く変わった。子供の常で貴道もすぐに慣れたものだったが、何か人生が接ぎ木されたかのような、そしてそれまでの生活がまたいつかは始まるような、そんな痼(しこり)を貴道は、五十になる今まで持ち続けてきた。 人にものを言われることに貴道はまたひどく敏感だった。まるで、皮膚が剥がれているかのように、他人のきつい言葉や態度が身に沁みた。九歳の引っ越し以来、言わば心に新しい皮膚が作られなかったのではないかと貴道は思っている。どこに行っても仕事を抱え込んだ。いつの間にかそういう立場に立っていた。そして、鬱になるのに決まっていた。薬はもう、貴道の生活に手放せないものとなっていた。 貴道に結婚歴はなかったが、いわゆる内縁の妻があった。妻といっても、事実上そのように表現できるという謂いであり、もっと言うなら成り行きの押掛け女房だった。他のこと同様、貴道が流れを止められなかったため存在する出来事だと言えた。漫画などではよくある話だろう。しかし、実際に自分の身に起こってみれば異様な事態であった。
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