(一)

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 まだ少女と言える年齢だが、ノノのむっちりと熟してきた身体が橡に押し付けられる。確かにスエとはまるで違う弾力を感じる。橡は熱く反応するというより、戸惑う。 「ねえ。兄さんが勝ったら、この村から出て行くつもりなんやろ。そん時はウチも連れてって」  くすぐったく粘る声音に、ほとんど反射的に頷いていた。心は追いついていない。  けれどノノは月明かりに照らされた顔をほころばせ、いっそう強く橡に抱きついてきた。橡の唇に自分の唇を押し付け、激しく啄ばむ。鶏のようだと橡は思う。  ひとしきり男の唇を啄ばむと、やがてノノはほっと息をつき、顔を橡の胸に埋めた。ぼそりとつぶやく。 「あの子、嫌いよ。蘇芳。兄さんと人形競いなんて、忌々しい」  胸元を、彼女の言葉が吐息とともに湿らす。 「大きい国から来よったのかぁ知らんけど、いっつも澄ましててさ。母親もそうよ。ウチらをまるで汚いもののように見る。それに何が気に食わんて、あの子の顔よ。村の女の誰よりも綺麗な顔しちょる。腹が立つ」  女の繰り言が、地の底から聞こえてくる唸りのように聞こえた。すでに形になっていないその言葉を聞きながら、橡は頭上を振り仰いだ。  月光が青く光っていた。  蘇芳たち母子があてがわれた住居は、もとは別の一家の家だった。けれど全員が飢餓や病気で死に絶えたという。そんな村の厳しい生活を、そのまま具現化したような家だった。  粗末な藁葺きの屋根、板戸の壁や床からは常に隙間風が忍び込み、母子の身体を冷たく苛む。さらには母の嘆きが追いうちをかける。  蘇芳は連日、そんな身と心に沁み込んでくる寒さと厳しさに耐えていた。今日も、人形競いで勝ちさえすればという母の言葉を背に、終日納戸に引きこもっていた。  住居の一角には小さい納戸があった。蘇芳はこの空間にすべての道具を持ち込み、日々人形作りに没頭していた。  ここは何ものをも侵入できない。  寒さも。母や村人の声も。過去も。  村全体は田植えが始まる時期で、朝からにぎにぎしい気配が満ちていた。遠くの田んぼから、田植えの唄を歌う男女の声も聞こえてくる。それらを遠く聞きながら、蘇芳は人形の頭作りを続けていた。  代々蘇芳の家で作ってきた人形には、一本の木から作る一木彫りと、頭だけを別に作り、胴体部分にはめ込む作りのものがある。蘇芳はこの頭が別にあるほうを好んで作った。
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