(一)

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『こうして二人は、夜毎沼で逢うようになった。とはいえ、言葉を交わすわけでもない、指先一つを触れ合わせるわけでもない。でも、その一見無音の透明な交流が、何より二人を分かちがたく結びつけ始めたのさ。  言葉は人と人の間の蝶番の役目を果たす。けれど中には、何も言わずとも共鳴し合うということもあるのではないかな。  おそらく、互いの中に自分と似た空洞を見るのだ。その空洞の形が、絵合わせのようにぴたりとはまるのではないか。  君にもこんな経験、一度か二度はあるのではないかな?……ふふふ。  ああ。蘇芳と橡の話に戻ろうか。  月が細り、やがて新月となり、闇が蘇芳の言うところのあやかしの舌の上になろうとも、二人は沼で逢うことをやめなかった。月のない晩は、星明かりを頼りに、暗い夜道を歩いて沼に通い続けた。  蘇芳の中に浮かんだ人形の姿は、ますますはっきりと形を結ぶようになっていた。橡を見ていると、その像にさらに細かな陰影がつく。輪郭が生気を孕む。  そんな時だった。橡が社大路の家に呼び出されたのは。  人形競いの日まで、二十日を切っていた。』
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