(二)

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 言いながらも二人の身体は離れない。二人はすぐにでも触れ合ってしまいそうな唇から、言葉と、吐息を交わし合う。 「橡、殿」 「蘇芳様」 「い、」  気付くと蘇芳の両手が橡の両手に重ねられていた。星灯りが黒い髪と白い肌に映っている。 「橡殿、私は」 「許して、許してください」 「いいえ、いいえ私は、私も」  蘇芳の爪がもどかしげに橡の手の甲に食い込んだ。痛みが赦しだった。二人の身体がくずおれそうに重なる。  触れ合った部分から溶ける。  その時だ。下にいるノノが呻き声を上げた。びくりと震えた蘇芳が橡から離れた。熱が遠のく。彼を求める橡の指先が、空しく宙を掻いた。 「蘇芳、」 「ノノ殿が目覚める前に、行かなければ」  そう言うと、さっと身を翻し、器用に木を降り始めた。案外活発な少年なのかもしれないと橡は思う。 「蘇芳様、灯りを」 「いえ。今ならば月明かりで戻れます。橡殿も気を付けて。ノノ殿が風邪をひく前に一緒に戻られよ」  闇の中で、蘇芳が一礼したのが見えた。彼の影が木立に消える。足音が完全に絶えても、橡は五感を澄まし、蘇芳の気配を感じていた。ぐっと手を握る。彼の感触も匂いも声も、何もかもまだこの手の中に残っている。  遠くにそびえる山々の影を見た。星はやはり、悲しいほどに間近にあった。  自由と言った蘇芳を思い出す。橡は自分の胸を掴んだ。  あなたこそ。  あなたこそ、俺の道標だ。  数日、日々は静かに過ぎた。  ノノは橡の思惑通り、沼には一切近付きたがらなくなった。さらには人形競いに向け、さすがの大路も真剣に人形作りに取りかかり始めていた。  蘇芳も納戸に籠る時間が日増しに増え、沼にも現れなくなった。その姿はますます人目に付かなくなり、人形はんはホンマに人形になってしもたと笑う者もいるくらいだった。  一方橡は蘇芳の姿が見られなくても、さして落胆することもなく毎日を過ごした。  見られずとも感じていた。蘇芳のすべてを。  その間も、天には相変わらず雲の気配すらなく、じりじりと大地を焼く太陽が、人々の気力を奪っていた。彼らは口々に言い合う。  ──魂込めさえやれば。大地の神様に嫁さえ奉げりゃあ、きっと雨をお恵みくださるよ──  切実な期待は狂気すら孕んでいた。村全体が、雨の気配を待ちわび、熱く淀んでいた。 「気に入らんのぉ」
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