(二)

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 大路は低く呻くと、すぐ近くにいる男衆の一人を蹴り飛ばした。彼の機嫌の悪さに、男衆が一斉にすくみ上がる。 「気に入らん、気に入らんぞぉ」  またも口の中で繰り返す。声音は呪いの言葉のように、大路自身を黒く凝り固まらせてしまうように見えた。 「どいつもこいつも、ワッシャの思うとおりにならん。あの人形も、橡も」  そこまで言うと、ぐいと手にある酒を干した。しばし酒と思惑の入り混じった胡乱な眼を見せていたが、やがて、にたりと笑うと、近くにたむろす男らを手招きした。 「お前ら、ちょっと来い」  それから入口近くにいるノノに向かい、しわがれた声で言った。 「ノノ。橡を呼んで来い」  見える。  蘇芳は手にした木片を見つめ続けていた。ここ数日、食事も睡眠も忘れ、ひたすらに己の中の人形の面影と向き合う日々が続いていた。  見える。もう一度蘇芳は胸の中で繰り返し、木彫り用の小刀を握った。  彫るべき人形の姿が見える。  刃先を木片に置いた。  木が、啼いた。  近付いてくる俗事の足音も、今の蘇芳には聞こえずにいた。  大路の使いで家を訪ねてきたノノの後を、橡は無言で歩いていた。ノノは珍しく無口だった。何かに怯えているようにも見える。 「橡はん」  やがて、そのノノが白い顔をして橡を見た。黄昏の陽は地平の向こうに沈もうとしており、光の残滓が、ノノの不安げな顔を照らし出していた。橡の胸にも、ざわりと黒い不安がよぎる。 「橡はん。兄さん、人形を作り終わったんよ」 「……そうでしたか。期日までまだ日がありますが」 「なのに、なんだか機嫌が悪いんよ」  そう言うノノの唇が震えた。血の繋がった妹のノノにさえ、大路という男は畏れられている。  ノノが顔を上げた。真剣な表情で橡を見る。 「橡はん。ウチは詳しくは知らんけど、兄さんに何かやるよう言われてんのやろ?」  蘇芳の人形作りを阻むべく、蘇芳を犯せということだ。が、さすがにノノには言えない。  橡が黙っていると、ノノはいっそう顔を白くしてつぶやいた。 「兄さんはおっかない人や。例え橡はんでも、気に入らんと思ったら何をするか分からへん。だから橡はん、兄さんの言うことには逆らわんといて。な?」  自分を見上げるノノの目は真剣だった。少女の熱いまなざしに、一抹の後ろめたさを覚えた橡は、精一杯優しい顔をして頷いて見せた。
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