(二)

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 大路の家に着くと、囲炉裏端には真っ赤な顔をした大路一人が座していた。やってきた橡をぎろりと一瞥する。 「来たか。橡」  橡は彼の向かいに無言で座した。とたんに、大路が大声でがなる。 「俺の人形はできたぞ。期日まで五日もあるんやが、さっさと作ってしもたわ」  酔った兄が怖ろしいのか、ノノの姿はいつの間にか消えていた。大路はぐびと酒をあおり、橡を睨んできた。 「ところでな、橡」  声が低くなる。血が滴りそうに陰湿な声音に、橡は彼を見た。 「お前、とうとうワッシャの言うことを聞かんかったな。あの人形を犯さんかった」  大路の目は真っ赤に血走っていた。 「どういうつもりや。ああ?」 「……卑劣な手を使わずとも、人形競いで勝てばよい。お前は自分の腕に自信がないのか」 「はんっ」  突然大路が椀を投げつけてきた。橡の顔の脇を掠めていく。 「やかましいわ、ワッシャが怒っとるんはな、なんでワッシャの言うことに従わなんだっちゅうこっちゃ」 「必要ないと思ったからだ」 「やかましっ。それはお前なんぞが判断することとちゃうわ、ワッシャが決めるんじゃ、ワッシャがあの人形を犯せと言うたんじゃ、なぜぇやらん?」  とうとう橡は口を閉ざしてしまった。幼子の駄々と同じだ。何を言っても話にならない。  けっと大路は酒臭い唾を板間に吐いた。が、すぐににやりと笑うと、橡を覗き込んできた。 「だからな。ほかの奴らにやらせたわ」  橡は大路を見た。にやにやといやらしい笑いが大路の顔から滴っている。 「……何?」 「ほれ、この前お前に邪魔された奴らがおったやろ。あいつらを行かせた。今頃、あの人形を散々なぶっとるはずや。ワッシャぁ足腰立たんようにしてやれと言っといた、で、お前らが飽きたらワッシャにも回せと」  もう大路の言葉は聞いていなかった。橡は即座に立ち上がっていた。ところがそんな橡の肩を、背後からぐいと大路が掴んできた。顔を寄せ、酒臭い言葉を吹きかけてくる。 「ここで出て行ったらな、ワッシャを裏切ったと考えるぞ。それでもええんか?」  執拗な声音が、橡の肌をぬらぬらと覆う。同時に、無骨な大路の手も食い込んでくる。 「橡。ワッシャを裏切るか? お前は、この村から出たいんと違うんか」  それでも橡は無言のままに大路の手を振り払い、彼の家から飛び出した。  背後で大路の卑下た大笑いがさく裂した。
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