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「許さぬ」
鼻先に刃をつき付けられた男らがさらに甲高い悲鳴を上げた。恐怖にすくんだ顔を激しく震わせながら叫ぶ。
「待てっ、待て、ワッシャらは何もしとらんっ」
「そうじゃ、ワッシャらは大路はんに頼まれただけじゃっ」
情けない声で言い募る男たちを、獰猛な光を宿らせた目で橡が睨む。本当に喰い殺してしまいそうな殺気が、彼の全身から発せられていた。男の一人が怯えた声で叫んだ。
「それにお前こそええんかっ、大路はんを怒らせてただで済むと思っとるんかっ」
が、その言葉には答えずに、橡は刃のように鋭く尖った声を発した。
「二度とこのお方に触れるな。もしも、此度のような振る舞いに及んだ時は」
うう、と男らが呻く。
「必ず殺す。俺はお前らを決して許さぬ。自分の目で、自分の尻の穴を仰ぎ見ることになると思え!」
ひいと叫ぶと、男二人は気絶した兄貴分の身体を抱え上げ、小屋から飛び出して行った。橡は彼らのほうを見向きもせずに、蘇芳のそばに駆け寄った。
「蘇芳様」
一糸まとわぬ姿の蘇芳を抱き起こす。床に打ち捨てられた彼の着物を手繰り寄せると、蘇芳の身体に巻き付けた。
「蘇芳様、俺が分かりますか。蘇芳様」
放っておいてくれ。
降り注ぐ声を聞きながら、蘇芳は口の中でつぶやいた。
放っておいてくれ。お前は、私を騙していた──
すると、橡が背中と両膝の下に手を差し入れ、蘇芳を横抱きに抱き上げた。現れた時と同じく、唐突に小屋を飛び出る。
橡は蘇芳の重さなど感じていないかのようだった。その足は風のように山へと向かい、木立の中へと踏み入る。彼の腕の中で揺られながら、蘇芳はなおも繰り返していた。
もういい。放っておいてくれ。
だってお前は私を騙していた。お前は、私を──
手にしていた小刀を握り締めた。
月も震えていた。
沼に辿り着くと、橡は片膝をついて差していた刀を地面に置き、再び蘇芳を横抱きに抱き上げた。そのまま沼に入る。火照った身体に沁みる水の冷たさに、蘇芳は悲鳴を上げた。
「大丈夫」
その身体に、今度は橡の声が沁み入る。
「大丈夫だ、あなたは何も穢されてなどいない。あなたを手折らせるものなど、この世にはない……!」
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