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「俺は魂込めビト。この土地の災いを身に受ける人間です。だから俺は、あなたの災いをすべて引き受けます」
蘇芳は呆然と彼を見た。
「私の、災いを……?」
「蘇芳様。俺にはあなたが穢れているのかいないのか、そんなことは分かりません。自分の心が忌々しいとあなたが言うのなら、きっとそうなのでしょう。俺には何もできない。ですが、あなたを悲しませる苦しみ、災厄だけなら、俺がこの身に受ける」
「……」
「だから生きてください。そうすれば、いつかは自分の心を許すことができるかもしれない。あなたの災いは全部私がこの傷の中に封じ込める。あなたは生きてくれ……!」
「なぜ。なぜ、そこまで」
ふっと橡が笑う。また蘇芳の心が苦しくなる。
「今、俺を生かしてくれているのはあなただ。あなたは俺の心を動かし、嬉しい楽しいといった彩りを甦らせてくれた。魂込めビトとして疎まれていただけの俺を」
「橡殿」
「もうあなたを誰にも触れさせない、二度と苦しめない。俺が守る。必ず」
蘇芳の身体が心持ち後じさる。その白さを目で追いながら、橡は言った。
「まだ俺が信じられませぬか、蘇芳様」
蘇芳は激しく首を振った。
違う、違うのだ。私は自分が怖いのだ。
目の前の男を激しく想う自分が怖いのだ!
「言ってください。あなたのために俺は何ができるか。俺はあなたのためなら、鬼にもなる。蛇にもなる」
「……もういい」
蘇芳の手が橡の頭を胸に抱き寄せた。熱い吐息が蘇芳の胸を濡らす。
「もういい。仮に、今あなたが偽りを言っているとしても……私はあなたを怨まぬ。なぜなら、私自身があなたを信じようと決めたからです。誰かを信じる、こんな強い気持ちをくれたのは、紛れもなくあなただ。橡殿」
「蘇芳様」
はらはらと落ちる蘇芳の涙が、橡の額を濡らした。蘇芳は自分の口でそっとその滴を吸い、橡の眉間に口づけ、両の瞼に口づけ、鼻筋に口づけを落とした。
両の手でかすかに橡の顔を上向かせると、待ちかねていたように橡の舌が蘇芳の唇を舐めた。唇を吸い合う。
「蘇芳、」
名前が温みの狭間に溶けていく。蘇芳は半ば呼吸を詰まらせながら、橡の舌と唇が自分を優しく侵犯することを感じた。自分と彼との境が分からなくなるような──
「橡、殿」
「蘇芳様──」
自分を呼ぶ声が、全身に沁み渡った。
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