(二)

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『それから期日まで、蘇芳は一心不乱に人形を作った。納戸に閉じこもり、日夜刀を振るう。そんな鬼気迫る姿に、彼の母親ですら近付けなかったほどだ。  その納戸のそばには、常に影のごとく控える姿があったのだ。橡だ。彼は昼夜を問わず納戸の外に立っていた。かといって蘇芳と言葉を交わすわけでもない。彼はただそばにいた。そんな橡を、村人たちは奇異と畏れの入り混じった目で見つめていたよ。  橡は人形さんに取り込まれちまった、なんでも大路と仲違いしたって話じゃないか、おおコワ……  けれど村人たちに何を言われようと、橡は一向に気にかけることもなく、静かに人形の完成を待ち続けた。蘇芳の母が夜なべて行う読経を聞きながら、月や星の流れる様を見つめて過ごしたのだよ。  そして明日には領主の城へ向かわなければならないという晩のことだ。とうとう、納戸の中から、か細いが力強い声が聞こえてきた。  ──橡殿──  はっと橡は納戸に駆け寄った。再び自分を呼ぶ声が、板壁越しに聞こえてくる。  ──橡殿──  ──蘇芳様──  それだけで十分だった。無言のままに、二人の心が通じ合う。  人形が完成したのだ。  橡は納戸の板壁にそっと触れた。納戸の向こうで、蘇芳も同じく壁に触れる。壁を介してはいるが、二人の心はちゃんと触れ合っていた。この数日、互いに姿を見ることはなかったが、蘇芳はちゃんと気付いていたんだね。橡が自分を守り、そばにいてくれたことを。  月と星の瞬きだけが、二人を見守っていた。  さあ、ここからはやっと「人形競い」当日の話になるよ。  蘇芳と大路は互いの人形を抱え、領主の城に参上した。大路もせいぜい気張って正装したであろうが、やはりもとは甲斐の国の出である蘇芳の隣にいては、風格負けしたかもしれないね。  さて。肝心の人形だけどね。君は、二人が一体どういうものを作ったと思う?  大路の人形は初々しい乙女の姿が刻まれた木彫りに、色鮮やかな端切れを何重にも着せた豪華なものだった。端切れが十二単のように美しく重ねられ、乙女の顔にはちゃんと朱の色も乗せられていてね。領主もその妻も、周囲に控える配下のものたちも、口々に大路の人形の華やかさを誉めそやした。  それでは蘇芳のほうの人形は、一体どんなものだったと思う?
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