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『まるで隠されているみたいだ。この祠。誰の目にも留まらないようにしているかのように。参ってもらうことのない祠になんの意味があるのかな。ふふふ。
君のおじいさんや村の古老たちに聞いたよ。昔、この村でとある出来事が起こったのさ。あの唄はどうやら、後年、その出来事を伝え聞いた村の人々が創作したらしい。
そんな話聞いたこともないって? ああそうかもしれないね。何しろ、誰にでも喜んで聞かせるような話じゃない。
聞きたいかい? ……いや、ごめん。違うな。君は聞かなければならないのだ。この話を。僕と結婚する君は。
昔、この地域には「魂(たま)込め」という風習があったのだ。毎年、その年の豊作を祈って人形を奉げる風習さ。
土地の神様に、花嫁に見立てた人形を差し出す習慣は古くからあった。でも、だんだんとこの習慣は形を変えた。ただ単に人形を奉げるだけではなくなっていった。
神を祀る社に奉げた人形に魂を込めるために、奉納した晩に男女が睦み合うようになったのだ。人形の前でね。これが「魂込め」さ。
……驚いたかい? 今はこの魂込めは廃れてしまったからね。君が初めて聞くのも無理はない。
それでは、これも知らないだろうね。この魂込めの儀を司る一族がいたことも。「魂込めビト」と呼ばれた人々さ。
彼らは年に一度、この魂込めのために、社の中で選ばれた女人を抱く。それ以外は遊んでいればいい身分だった。こう聞くと、なぜそんな特別な待遇なのかと不思議に思うだろうね。魂込めには別の意図もあったからだ。
魂込めの際、魂込めビトの男は、これまでの一年間の災厄もその身に受ける。そうして土地のすべての災いを引き受け、さらに女人を抱き、奉げられた人形に魂を込める。つまり、土地の浄化と神への奉納を担う一族だったのだ。だから特別扱いだった。
とはいえ、僕には彼らが安穏と暮らしていたとはとても思えないけれどね。人の心など勝手なものだ。万事がうまくいっている時はいいだろう。けれど、不作になるなど事態が悪くなった時は果たしてどうだったろうね。
彼らは村人にとって、現世と異界の境そのものだ。畏れるべき異界人は、同時に都合よく憎しみや不満のはけ口にもなり得る存在だった。おそらく魂込めビトたちは、戦々恐々と暮らしていたのではないかと想像するね。
それに僕には、もう一つ仮説がある。
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