(二)

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 領主の前に進み出た蘇芳は、人形を包んでいた布を静かにほどいた。紫紺の布からその人形が現れたとたん、誰もが驚いて息を呑んだ──  なんと暗い青一色の人形だったのだ。が、よくよく見れば、少し灰色がかった不思議な色合いのものだ。一木彫りの人形そのものは可憐な女人の姿をしているだけに、その不釣り合いな感じに誰もが首をひねった。  領主の妻が訝りながら蘇芳に尋ねる。  ──この人形はなにゆえこのような色なのでしょう──  蘇芳は周囲の視線をものともせずに、静かな口調で答えた。  ──魂込めに奉げられる人形は、夜にこそ輝きます。どうぞ暗くなるまでお待ちください。そして陽が黄昏の中に溶け切り、夜の帳が城を包む頃、灯りを点していただきたく存じます──  この言葉に従い、一同は陽が暮れるまで待った。程なくして暗くなり、蘇芳の言うとおり松明の火を人形のそばに近付けた時だ。その場にいた全員があっと声を上げた。  火に照らされた人形が、蠢いたように見えたのだ。なぜだと思う?  暗い青色の本体に炎の明るさが映り、その揺らぎが人形そのものを脈打たせて見せたのさ。しかも炎の微細な揺らぎが、人形の表情のほんのわずかな丸み、窪みを浮き彫りにし、生きているかのようななまめかしさを現出させる。細かく彫り込まれた着物のひだや模様の一つ一つも、灯りに照らされたとたん、本物であるかのような重厚感を出した。  全員が息を詰めて蘇芳の人形を見つめた。今にも動き出し、喋り出しそうな人形を。  勝敗? ああ。蘇芳に軍配が上がったよ。おそらくその場にいた誰もが、もしかして大路ですらこの結果には異存がなかったのではないかな。それくらい、蘇芳の作った人形の美しさには凄味があった。  闇に在って初めて美しさが分かる人形。誰も見たことがなかったし、こんなものを発想する人間がいるとも思わなかったからね。  こうして蘇芳は人形競いに勝った。  城に参上して数日後、村に戻った大路の口から、蘇芳の勝利は一気に知れ渡った。もちろん、じっと蘇芳の帰りを待っていた橡にも。  ねえ。ところで君は、この勝利が蘇芳に平穏をもたらしたと思うかい?  ……ああそうさ。事態は逆だ。ますます蘇芳は村人たちから白眼視されるようになった。 
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