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(三)
まだ夏でもなく、春から脱しきれない緩さを抱えた空気の中を、朗々と嫁入りの唄が響く。蘇芳は納戸の窓からそっと外を見た。
魂込めの習慣を低俗だと断じて譲らない母は、この日一日決して外に出ようとしない。そんな母に気兼ねしていた蘇芳だったが、どうしても見ずにはおれず、納戸の中からこうして魂込めの儀を盗み見ていた。
田んぼのあぜ道を、本物の嫁入りのように、村人たちがずらずらと並んで歩いていく。その真ん中には、木を組んだだけの担ぎ屋台を担ぐ男たちの姿もある。上には蘇芳の人形が乗せられていた。一行は大路の家の一角にある、儀式用のお社へと向かっているのだ。
その後ろを、本物の花嫁さながらに着飾ったノノも歩いている。人形同様、今夜は神へ奉納される身なのだ。蘇芳はじっと遠ざかるノノの姿を見ていた。
あの娘を今夜、橡は抱く。私が作った人形の前で……
ふっと胸を掴んだ。身体の端々から息苦しさが募り、じわりとしたやるせなさが、歯の奥からも滲み出てくる。蘇芳はあわてて頭を振り、自分に言い聞かせた。
これが本望だったではないか。人形競いに勝ち、母の願いを達する。実際、領主は自国の大名に口を利いてもよいと約束してくれた。それどころか、身の振り方が落ち着くまで、母子ともども城に身を寄せても構わないとまで。母が涙を流して喜んだことは言うまでもない。
出立を遅らせたのは、どうしても蘇芳が魂込めの儀を見届けたかったからだ。母はすぐにでも領主の城へ行きたがったが、結局は蘇芳の強い申し出を呑んでくれた。大義を一つ果たした息子への、せめてもの報いだったのかもしれない。
その母が、ふと漏らした一言を蘇芳は思い出した。
「あの橡とやら。我らと同じく、もとはこの村のものではないのかもしれませんね。崩れたふうを装ってはおりますが、品格がある」
母の観察眼に恐れ入りながらも、蘇芳はさらに思いを巡らせた。
そういえば、刀を持っている村人は珍しい。しかも橡の持っていた刀の柄には、三頭の蝶という図柄の家紋まで付いていた。ということは、母の言うとおり、橡の一族は外部から来た人間なのだろうか……?
ふっと窓から離れた。蘇芳が一人物思いに沈んでいる間にも、魂込めの行列は延々と続いている。
橡。口の中でつぶやいた。あの刀を持ち、鬼神のごとき形相で助けにきた姿を思い出す。
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