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ふっと息をつき、蘇芳は起き上がった。ダメだ。このままでは頭がおかしくなる。もう寝てしまおう。忘れよう……
その時だ。はっと蘇芳は振り返った。
納戸の外に、密やかな足音を聞いたのだ。近付いてくる。板壁を射抜かん勢いで凝視する蘇芳の耳に、やがてその声は響いてきた。
「蘇芳様」
信じられない思いに息もできない。それとも月が喋ったか。
声が再び自分を呼ぶ。
「蘇芳様」
震える足で声がするほうへと歩み寄った。壁越しに相手を呼ぶ。
「……橡殿……?」
「蘇芳様。迎えに上がりました」
息を呑んだ。
「えっ?」
「出てこられますか」
戸に飛び付いた。一気に引き開けようとして、母屋のほうを見る。僅かに開いた板戸の隙間から寝入っている母の姿が見えた。その姿を確認してから、今度こそ蘇芳は納戸の戸を開けた。
目の前には橡が立っていた。
「……」
束の間、二人は互いの姿に見入った。伝え合う言葉は思いつかず、蘇芳は自分こそが空っぽになったと感じる。
「あ」
が、すぐに自分の姿が乱れているのではないかと気付いた。今日一日、目の前にいる男のことばかりを想い、息もつけなかったのだ。
急に気恥ずかしさがこみ上げ、あわてて身に付けている小袖を直した。やっと声が出る。
「いかがなされました、橡殿。あなたは今……」
ところが、返事の代わりに返ってきたのは、橡の突然の行動だった。唐突に自分を横抱きに抱え上げたのだ。
「な?」
抵抗することも忘れ、蘇芳は腕の中から橡を見上げた。橡は蘇芳を抱き抱えたまま、ゆっくりと歩き出す。
歩調には上下左右の乱れがあった。先日、蘇芳の刀でつけた腿の傷が治ってはいないのだ。
「降ろしてください。あなたはまだ足の傷が癒えてはいない」
「いいえ。俺がこうやってあなたを抱いて行きたいのです」
「橡殿、一体」
「魂込めの儀を行います」
ひゅっと蘇芳の喉が鳴った。食い入るように橡の顔を見つめてしまう。
「な……何を言っておられる。あれは、女人を抱かなければ」
豊穣を願うための魂込めなのだ。男女で番わなければ意味がない。
橡が蘇芳を見下ろした。艶やかに笑む。
「俺が人形に魂を込めるのです。それならば、俺が本当に想いを遂げたい相手を抱くのが道理でしょう」
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