(四)

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(四)

「また沼に行く気か。行くんやねえとあれだけ言ってるっちゅうに」  そう言うと同時にみぞおちに蹴りを入れられた。衝撃で息が詰まる。  地面に倒れ込み、激しく咳き込んだ橡の髪を大路が引っ掴んだ。無理やり顔を上げさせる。 「お前、魂込めの儀、ちゃんとやったやろな?」  声に刺さりそうな殺気がこもっている。橡は腹の痛みで返事もできない。 「ノノの奴がな。ウチ、ホンマに橡はんに抱かれたんやろかって言っとったぞ。あいつ、正体なく酔っ払って、目が覚めたら朝やったと言うとった」 「……ちゃんと儀は行った」  今度は拳をみぞおちに喰らわされた。ぐぅっと喉が奇妙に鳴る。 「ノノが生娘やからと思ってなめてんなよ。嘘やったらぶち殺すぞ。ああ? このまま日照りが続いたら、村のもんがますます騒ぎ出す。いくらワッシャかて、殺気立ってる村の奴ら全員を押さえるのは無理やしな」  喉が裂けそうな勢いで咳き込みながらも、橡は無言で大路を睨み返した。その強い視線を、一歩もたじろがずに大路も見返す。  しばし、互いを射殺してしまいそうな目線を交わし合った。その間にも、陰りを知らない太陽がじりじりと二人を炙る。  やがて、大路が目をすがめて吐き捨てた。 「……強情なところがガキの頃とちっとも変わらん。まあええ。それより」  そう言うと、さらにぐいと顔を近付けてきた。 「明日、あの親子は領主の城へ行くそうやな」  忌々しげな声に、大路の心中が垣間見える。領主の褒美を当てにし、さらには取り入ろうと思っていた大路は、蘇芳のせいですべてがふいになった。その上、代々神事を仕切っていた社の家の面目も潰された。  今の大路には、蘇芳は憎んでも憎み足りない相手なのだ。 「あんな奴ら、どうでもええわ。消えてくれればせいせいする。ただな。橡、お前まさか、あいつらに付いていくつもりやないやろな」  自分の頬が震えたと感じる。とっさに、橡はあらん限りの力で無表情を装った。  大路が粘りつくような声音で続ける。 「まさか、この村から出るなんて都合のええこと考えてないやろな……? お前はワッシャを裏切った。ワッシャは、お前をこの村から出してやると約束していたのに。ああ?」 「出ていくつもりなど、ない」  橡は掠れた声を絞り出した。  これは本心だった。大路ではなく蘇芳を選んだ時から、この村から出るという望みは捨てた。  からからと大路が哄笑した。
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