(四)

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「ホンマやろな? もしもお前があの人形親子と一緒に村を出たらな、お前ら三人全員ぶち殺すからそう思え。領主には落武者崩れの山賊に襲われたとでも言うわ」  ぎっと橡は大路を睨んだ。 「お前……もしも蘇芳に手を出したら」 「お前が村に留まるなら、あの親子には手は出さん」 「しつこい。俺は村から出たりしない」 「そらそうや! お前は一生この村からは出られん。そういう宿命なんや!」  異常なほど甲高く笑うと、大路は橡の肩を鷲掴みにした。 「ええこと教えちゃる。ワッシャの、社の家にだけ伝わってることや。この話は傑作やぞぉ」  その口調にどこか隠匿めいたものを感じ、思わず橡は大路を見つめた。大路は舌なめずりをせん顔つきで橡を見返す。 「お前は村からは出られん。お前はこの村のもんじゃ。いいやワッシャのもんじゃ。お前は、魂込めビトなんやから!」  ざわりと風に吹かれた木々が鳴った。  急速に煽られた不吉な予感をも、太陽が焦がす。  夕餉を済ませ、母に挨拶をしてから、蘇芳はいつものように納戸にこもった。明日の出立に向け、用意はすべて整っている。母の意識は、すでにこの村から遠く離れていた。  しかし、もちろん蘇芳はそういうわけにはいかなかった。納戸の小窓を見上げ、今夜も沼に行く身支度をする。  蘇芳の心は、橡のもとにしかなかった。  彼の手指に慣らされ、もう自分のものではないように感じられる身体を見下ろしながら、蘇芳は思案していた。どう橡に切り出そうかと。  この村を一緒に出ましょう。橡。  よし、と背筋を伸ばした。必ず橡を説き伏せようと決意する。立ち上がり、納戸の戸に手をかけた。その時だ。  板壁の向こうに人の気配を感じた。はっと立ちすくんだ蘇芳の耳に、橡の声が聞こえてきた。 「……蘇芳」  これから沼で会うのに。驚きは一気に不安に変わる。戸を開けようとした。そんな蘇芳を、橡の声が止める。 「待って。そこでいい。話を聞いてください」 「どうかしましたか。何が」 「いいのです。今の俺を、あなたに見られたくないだけだ」  明らかにおかしい。蘇芳は今すぐにでも戸を開けたい衝動に駆られた。けれどどうにか自分をぐっとなだめる。 「一体何があったのです。橡」 「……俺の一族がなぜ、魂込めビトになったのかが分かりました」 「えっ」  思いがけない話だった。蘇芳の耳がびん、と反応する。 「どういうことですか」
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