(四)

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「大路に今日、聞かされました。大路の家では当主になった男にだけ語り継がれていることらしい……俺の一族がこの村に流れてきたのは、俺の曾祖父の代だそうです。俺の一族は……尾張の大名の家臣だった」  尾張。その名を聞いて、蘇芳の中に閃くものがあった。  橡が持っていた刀の柄には家紋が付いていた。三頭の蝶が描かれていた図柄だ。あれは橡の先祖の家紋か。尾張の国の出であるという話にも真実味が湧く。 「ですが国内の反目していた家臣同士の争いに敗れ、一族もろとも領国を追われたらしい。そしてこの村に落ち伸びた……」  蘇芳は息を呑んだ。自分たちと同じではないか。 「曾祖父は自分の妻と息子たち、数人の家来を引き連れ、この村に逃げ込んだ。最初は歓待を受けたらしい。けれど」  橡が一度言葉を切る。続きが聞きたいような、聞きたくないような、奇妙な焦燥が蘇芳を襲う。  やがて静かな声音で橡が続けた。 「当時の村長(むらおさ)の男が、曾祖父の妻……つまり曾祖母に懸想した。そしてほかに行く当てのない曾祖父たちの状況に付け込み、彼女を思いのままにした」  どこまでもぶれない、静かな声だった。けれどその穏やかさが、却って橡の悲憤を蘇芳の胸に響かせる。 「その際、村の神事も司っていた村長は、風習なのだと偽り、曾祖父を説き伏せたらしい。豊穣を願い奉げた人形に魂を込めるために、男女が番ってみせる習わしなのだと……この時、魂込めの儀は生まれたのです」 「では……あの儀は、村長の欲望の言い訳から生まれたというのですか」 「こんな話を曾祖父が本当に信用したのかどうか、俺には分からない。けれど結局、曾祖父は妻が村長に抱かれることを黙認した。でなければこの村を追い出される。彼女は幾夜にも渡って村長の慰みものになった。挙句」  蘇芳は呻いた。なんということだ。そんな理不尽な悲劇が、この村の奥底に隠れていたとは。 「曾祖母は自分の身を儚み、自害した」 「……なんと」 「さすがに曾祖父の怒りを畏れた村長は……彼女の遺骸を隠した。ある場所に」 「ある場所?」 「そしてそこに人々が近付かないよう、言い聞かせるようになったのです。その場所には大蛇が棲むから、決して近付いてはならぬと」  あっと蘇芳は声を上げた。  沼! あの沼だ。大蛇が棲むと語り継がれ、人々が近付かない沼に、橡の曾祖母の屍骸は沈められているのだ!
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