(四)

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 つまり大路の先祖である社の当主は、己の欲望のために女人を死なせてしまった事実を隠すため、あの沼を禁忌の場所として触れて回るようになったのだ。  蘇芳の驚愕に構わず、橡は淡々と聞こえる口調で言葉を次ぐ。 「村長は曾祖母が逃げたと嘘を言った。曾祖父と息子、家来らは必死になって山を探したらしい。けれど見つかるはずもない。おそらく、もう妻は生きていないと直感した曾祖父の落胆はいかばかりだったか。自責の念でわが身を引き裂かん思いだったかもしれない」 「惨い。あんまりだ」 「失意の底にあった曾祖父は、村長の意のままだったのでしょう。村長はさらに奸智を巡らせ、彼らに役割を与えた。でなければ、この村を追い出すとでも脅したのでしょう」 「それは……まさか」 「そう。魂込めビトとしての役割です。人形に魂を込めるために女と番う。さらには土地の災厄を受ける身となり、村の人々の不満、畏れのはけ口へと仕立てた。こうして我ら一族は魂込めビトとなり果てたのです……」  橡の声が途切れた。けれど蘇芳は言葉もなく、ただ板壁を見つめるしかなかった。  なんという因縁。その因縁が未だ橡を縛り、こうして苦しめている。橡の痛みが自分の全身をも痺れさせる。  板壁の向こうから、再び橡の声が聞こえてきた。心なし、細く響く。 「以来、社の当主にだけ代々この話が内密に語り継がれているらしい。大路は俺にこの話をして……だからお前らはこの土地の慰みものだと言った。お前は、俺のものだと──」  とうとう蘇芳は戸を開け、外に飛び出した。納戸の板壁に寄りかかっている橡のそばに駆け寄る。そして息を呑んだ。  唇の端から流れる血が、橡の顔を汚していた。着物は乱れ、身体のそこかしこに痕がある。蘇芳はその痕を見て、眉をひそめた。殴られた、蹴られたという乱暴だけではない。 「橡……一体、何をされた」 「いいのです。俺はこの土地から逃れられない。それを身体にも叩き込まれただけだ」 「違う! そんなこと──」  橡の身体が崩れ落ちる。蘇芳は彼の身体を抱き寄せ、髪を撫でた。 「そんなこと。この土地から逃れられないなんて……そんなことは決してない。橡」  自分を支えてくれる蘇芳の背に、橡が両腕を回してきた。そっとつぶやく。 「蘇芳。沼へ行きましょう」 「でも、その身体では」 「大丈夫。今夜だけはどうしても、あの場所にあなたと行きたい。あなたは、明日には」
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