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「私は母の安泰を確保しなければならない。これは私の責務です。それには領主様の城へ行き、母の身の振り方をまずは決めねばなりません。母の件が収束したら、あなたのことを領主様に願い出るつもりです」
「蘇芳」
「橡の素性を話せば、領主様はきっと興味を持たれるはずです。尾張の国の出であるという……あの家紋が付いた刀が何よりの証拠。橡。私は明日この村を出ますが、必ずあなたを迎えにまいります。ですからどうか待っていて欲しい」
「しかし」
橡の顔に強い惑いが宿る。この村を出る。切望しながら、あり得ないと諦めていたことだ。
そんな橡を見下ろしながら、蘇芳が言った。
「橡。もしもこの話を受け容れてくださらないのなら。私も明日の出立は取り止めます」
ぎょっと橡は飛び上がるように起き上がった。真剣な表情の蘇芳の顔が眼前にある。
「な、何を言い出すのか」
「本気です。橡が私を待つと、私とともに生きると言ってくださらないのなら、私もこの村を出ません」
迷いのない真っ直ぐな目を橡に向ける。
「何を……たった今、母上の安泰が責務だと言ったばかりではありませんか」
「ええ。ですが仕方がありません。母にはこんな息子を持ったことが運の尽きと諦めていただくほかない」
「な」
「私はあなたと一緒に生きることこそが望みです。これが私の生き方です。橡はもしや、この瞬間を永の別れにしようなどと思ってはいないか。だとしたら、私は今すぐ死ぬ。あなたのいない生など、私には無意味だ」
強い口調だった。呆れるやら驚くやら、蘇芳の強さに呑まれてしまった橡は、しばし言葉を失ってしまった。対する蘇芳は、無邪気な笑顔を見せて言う。
「それともこれは私だけが思っていたことか。橡は私がいなくても生きていけ、」
橡の両腕が蘇芳を抱き寄せた。二人の身体が密着する。その隙間には、夜気ですら入り込めない。
「蘇芳……俺とて同じだ。あなたがいなければ、俺は」
「それならばなぜ、この村から出られぬなどと諦めるのです。あなたさえ私と生きると思ってくだされば、私はなんでもいたします」
想いが身体中に溢れ返る。けれど言葉にならず、代わりに橡は蘇芳の身体を固く固く抱いた。
橡の首に両腕を絡めた蘇芳が熱くささやく。
「私があなたの盾となり、時には矢となります。橡、私はあなたをこの身を挺して守ります。だから待っていて欲しい。私が戻ってくるのを──」
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