(四)

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 言葉尻は、橡の激しい抱擁にかき消された。  二人は再び身体を重ね合い、激情の奔流に溺れていった。  沼での一部始終を、こっそりと後を付けてきた人影は息を凝らして見つめていた。彼女の気配にまるで気付かない蘇芳と橡は、飽くことなく互いの身体を貪り合っていた。  やはり、とノノはぎりりと唇を噛んだ。  ずっと前から疑っていた。もしや橡は、蘇芳に心奪われているのではないか。兄の大路の命令にも従わず、さらに孤立するような事態になっても蘇芳をかばうなんて……  だからノノは蘇芳の家の周辺で橡を待った。明日には蘇芳親子が出立するという今夜、橡がやって来るのではないかと思ったのだ。すると案の定、橡は蘇芳に会いに来た。そして村人が誰も近付かない沼に二人で赴き、ああして男女の営みのような行為を──  ノノは目の前で繰り広げられた光景に立ちすくんでしまった。二人の行為にはためらいがなかった。その上、橡を受け容れた蘇芳の姿にも、ノノは息を詰めて見入ってしまった。  目の前の蘇芳の貌は、人形のごとき端正さではあるが、村人たちにいつも見せている無表情なものではない。橡の上で喘ぎ、髪を乱し、生命を吹き込まれたかのように生き生きと跳ねていた。  そんな蘇芳の乱れた姿を見れば見るほど、ノノの中にとある直感が膨れ上がる。その直感がもたらす痛みはノノの心を破裂させ、彼女の中を傷だらけにしてしまう。  橡はんはウチを抱いてなんかない。あんな蕩けるような、今にも裂けそうな、色づいた感覚、ウチは知らんもん。  蘇芳が喘ぎ、夜目にも分かる紅色に上気した唇から、きらきらと唾液を零す。その輝きが橡の上に落ち、なおも繋がった部分を動かし合う。その様は、ノノにも心情と相反した恍惚をもたらした。きゅっと両腿をすり合わせる。やがて不本意な快さが、確信へと変わる。  橡はんはウチやない。あの蘇芳を抱いていたんや。きっとずっとずっと以前から──  噴き出した嫉妬が、ノノの心身を切り裂いた。その傷口はすぐにどす黒く変色し、彼女の心を冷たく強張らせた。  橡は自分を騙していた。自分を沼に近付けないようにしたのも、おそらくわざとだ。 「……許さへん」  橡はウチを騙した。蘇芳もウチを騙した。 「許さへん。蘇芳。橡。魂込めビト」
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