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ふと木を削る手を止め、彼は納戸の窓から空を見遣った。小さく四角い形に切り取られた青空が、彼の目に沁みる。
それらの色を目に沁み込ませてから、彼は自分の手の中にある木片を見た。ほのかに人の形を孕むそれを。
この村に落ち着いて二年が経つ。以来、彼は黙々と人形を作る毎日を送っていた。
彼の一族は代々、甲斐国の大名お抱えの人形作り職人だった。けれど二年前、人形師の父が大名のお家騒動の内紛に巻き込まれ、公金横領の罪を被せられてしまう。さらにはその咎により、父は斬首される。その後、国を追放された男は母と二人きり、父の出身地であるこの村に逃げのびてきたのだ。
国を追放された時、やっと十五の齢であった男は十七歳になっていた
名を蘇芳(すおう)という。
人形作りの名人と謳われた父同様、彼の作る人形もまた、生きているかのようななまめかしさを湛えたものだった。零落したわが身に歯噛みしていた母が、この息子の才に賭けていたことも頷ける。
母子はかろうじて住まいは与えられたものの、村に父の親類縁者は遠縁のものしか残っておらず、身の置き所のない毎日を送っていた。加えて、口さがない村人たちは、蘇芳の父を罪人呼ばわりして陰口を叩く。没落したとはいえ、武家の出であり、気位の高かった母は、この状況から一日も早く脱しようと息子を焚き付けていた。
実はもの好きな領主が、この村で行われている魂込めの儀式にいたく興味を持ち、人形作りを競わせるという触れを出したのだ。
それによると、古くから人形作りを担う神主の一族と、流れ者ではあるが名の聞こえた人形職人の末裔である蘇芳に人形を作らせ、今年の魂込めに相応しい人形を自分で選ぶという。選ばれたほうには金子(きんす)に加え、領土の一部を分け与えるという褒美付きだ。この触れに、蘇芳の母は俄然色めき立った。
こんな田舎の領土などいらない。その代わり、母は領主の人脈を通じ、どうにか追われた国に夫の身の潔白と、母子の帰還を訴え出たいと考えたのだ。そのためには、なにがなんでもこの勝負には勝たねばならぬ。母は連日、口をきわめて蘇芳に言い聞かせていた。
「蘇芳、父の汚名返上と一族の名誉挽回はお前の肩にかかっているのです。決して負けることは許しません」
こう言ってはすぐに、必ず苦い笑いを浮かべるのだった。
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