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「そういやあワッシャの祖父さんが、そのまた祖父さんから、魂込めビトは村のもんじゃねえって聞かされたことがあるって言うとったな」
ところがそれらの声を遮り、大路が怖ろしい勢いで怒鳴った。
「やかましいっ! そげなことはどうでもええ! それとも何か、お前らが代わりに人柱になるか? 土に埋まるか?」
大路の剣幕に、男衆はたちまち黙り込んだ。彼の指示通り、乱暴に橡を引き立たせる。
一行は橡の家を出、絡まり合う糸屑のようにもつれ合って歩き始めた。その中心にいる橡は、すでに抵抗することもなかった。
田んぼの真ん中のあぜ道を一行は歩いて行く。魂込めの日のような、どこか浮き立った気分は微塵もない。村人たちは全員一行を一瞥してから、すぐに目をそらせた。
橡は今や、実体を持たぬはずのあやかしそのものだった。村の忌むべきもの、不安、憎悪の権化となり果てていた。
──魂込めビトを見たら目が穢れるよ──
──あれは暑いも寒いも感じない化け物なんよ、やしぃウチらと違って日照りになってもしれっとした顔でいられるっちゅうわけよ──
──人柱やて。ざまあみろ、化け物が──
真上から照りつける太陽のもと、それらの声を、橡は遠く聞いていた。
けれどどの言葉も橡には届かず、今の彼の中に在るのは、ただ一つの面影だけだった。
……蘇芳。
蘇芳。
そんな橡に、背後から大路が耳打ちする。
「北東から鬼は来る。今、村の男らが山中のその方角に穴を掘ってるからよ。お前をそこに埋めてやるから、せいぜい鬼と仲良くせぇ」
その間にも、四方から男衆に小突かれる。大路が狂ったように哄笑した。
ふと、橡は道の前方に立つ人影に気づいた。ノノだった。今にも怒り出しそうな、笑い出しそうな、奇妙に赤い顔をして橡を睨んでいる。
彼女の前を一行が通り過ぎる時、ノノが叫んだ。
「……あんたが悪いんよ!」
掠れた声だった。
「ウチを騙したりするから……あんな、蘇芳なんか……蘇芳なんかと……」
涙が混じった声になった。けれど橡は振り向かなかった。
背後で、女の絶叫が上がった。
「あんたが悪いんよ!」
強過ぎる陽射しとともに、痛切な声が橡を炙った。
深い山中に掘られた深い穴は、誰かの口の中に見えた。
さあ、入れ。
大路の声に従うまでもなく、橡の身体はその暗黒の中に放り込まれた。
闇。
上から土が容赦なく被せられる。
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