(四)

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「あんたの大事な人は、もういないよぉ」 「……何?」  男らの野卑な息遣いと、ノノの狂態が蘇芳の足を取る。地面に足がずぶずぶとのめり込んでしまいそうに感じる。 「どういう、こと、ノノ殿っ?」 「あんたらがいけないんよ、ウチを騙すからっ、あんたらが、あんたらがぁ」 「ノノ殿! 橡に何かあったのか? 橡をどうした!」  今にも転がらん勢いで三人に近付き、ノノの身体を男らから引き離した。両肩を強く掴み、揺さぶる。 「橡、私の橡に何をした!」  一瞬、ノノの瞳が蘇芳を見据えた。涙に濡れた瞳には正気が宿り、静けさすら湛えていた。  が、それはみるみる決壊し、飛び出てきた狂気と混乱が、すぐさま彼女の正気を打ち消した。  ノノが甲高く笑いながら怒鳴る。 「あんたの大事な人はねぇ、人柱になってしもたんよぉ」  人柱。  蘇芳の思考が停止する。 「あの男は魂込めビトのくせに、魂込めをしなかった。やしぃ神様が怒ったんよ、雨が降らんもん、あの男は人形の代わりに、神様に」  橡。  呆然とノノから離れた蘇芳は、ふらふらと村のほうへと走り出した。  背後でノノの声が上がる。 「あんたらがいけないんよ、あんたらがぁっ……!」  よろめく足取りで戻ってきた蘇芳を、村人全員が驚愕の目で迎えた。蘇芳は必死の態で、橡が埋められたという場所を聞いて回った。けれど誰もが口を噤み、答えない。  半狂乱になった蘇芳は村中を駆け回った。やがて押しかけた男衆に捕まり、大路の前に突き出された。自分の前に立ちふさがる大路を見て、蘇芳は目を見張った。  大路の腰に橡の刀が差してあったのだ。  ふんと鼻で笑い、大路が吐き捨てる。 「今頃何しにきた。橡はもうおらんぞ」  絶望に視力を失いかけた蘇芳の目に、橡の刀がゆらゆらと映る。三頭の蝶が震える。 「あいつは魂込めビトの務めを怠った。やしぃ神様が怒ったんじゃ。人柱になったんは、報いじゃ」    その瞬間、得体の知れない禍々しくも強いものが、蘇芳の深奥から噴き出てきた。  それらは蘇芳の血管、肉、肌を突き破り、一気に噴出した。 「許さぬ」  言葉とともに、血が口から飛び散った。  目からも血の涙が噴き出る。  怯えた男衆が後じさった。 「許さぬ。社大路。橡の一族を陥れたのみならず、橡をも辱め、命を奪った……許さぬ。許さぬ!」  ただ一人、大路だけが動じずに、化け物のように変じた蘇芳の形相を睨みつけた。
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