(四)

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 闇は瞑い(くらい)もの。  夜は恐ろしいもの。  哀しみは……  やはり、恐ろしいもの。  その事実を、村人たちは改めて知らされることとなる。  全身から恨みの血を噴き出させ、山中を歩き回る蘇芳の姿に人々は震え上がった。  真っ赤に染まった異形の塊が、昼も夜もなく泣き叫ぶのだ。焦がれる相手を求め、その名を呼ぶ。山中に蘇芳の声が響く。  ──つるばみ。つるばみ──  人々はそんな狂った蘇芳の姿に畏れ慄き、昼間から家屋の中に閉じこもるようになってしまった。誰もが耳を塞ぎ、この恨みの化け物が早く朽ちてくれないかと怯え震えた。  それでも雨は降らない。  大路はますます酒を煽り、ノノはますます男を咥え込む。  大地は乾き、滲み込むのはただ、蘇芳の赤い涙だけであった。  そんなある日、とうとう一人の少年が山に踏み入れた。山には狂った蘇芳が徘徊するようになって以来、誰一人として立ち入らなくなっていた。明る過ぎる太陽がぎらぎらと葉叢を照らしているというのに、山は暗い。  山中に分け入ったとたん、獣の咆哮に似た叫びが響き渡った。少年は恐ろしさに最初は立ち止まったが、すぐに力強く歩き出した。声を頼りに蘇芳を探すためだ。彼は心底、蘇芳を気の毒だと思ったのだ。  人柱にされた魂込めビトの男のことも、この蘇芳というよそ者の男のことも、少年は嫌いではなかった。二人とも、確かに自分や村人たちとは違う空気をまとった人間だった。まるで風のようだと思ったこともある。  どこか自分たちとは違うほうを見て、いつも心もとなくなびいているような。自由なような。放心しているような。そんな彼らのことを、少年は決して嫌ってはいなかったのだ。  だから蘇芳に教えてあげようと思ったのだ。  橡の埋められた場所を。  痛切な声の響きを頼りに、山道を分け入る。やがて草むらの間から真っ赤なものが見えてきた時には、さすがに少年も足をすくませた。気配に振り返ったそれは、すでに人間ではなかったからだ。  頭のてっぺんから爪先まで、噴き出した血で真っ赤に濡れそぼったそれは、怨嗟の鬼であった。前後も上下もなく真っ赤な塊に見える。少年は震え上がった。が、塊の中から自分のほうへ向けられた双眸に、かすかな光を見出した彼は、腹の底に力を入れ、叫んだ。 「橡の埋められた場所、知っちょるぞ」  双眸らしき黒い光が、揺れた。
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