(四)

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 私は半ば呆然と薊(あざみ)様のお顔を見ておりました。頭の中はたった今聞かされた話でいっぱいで、自分の周囲すべてが音を立てて崩れ落ちてしまいそうです。  正直に申し上げますと、話の途中から、私は不快やいたたまれなさに身をよじる思いだったの。だって、話に出てきた社家とは、私のご先祖様のことに違いありませんもの。  神事も担っていた我が一族は、確かに村の権力を一手に握っているわ。今は分家が神事を仕切っているけれど、長の役割は依然我が本家が担っている。どう聞いても、今の話は私のご先祖様が悪事を働き、二人の男を死に追いやったとしか思えない。  さらには大路が橡から奪ったという刀の話があるでしょう。  我が本家にも、代々家宝として伝わる刀が一振りあるの。よその土地の家紋が付いているのは、ご先祖様が戦の功績を讃えられ、領主様から賜ったものだからだと聞かされているわ。  でも薊様のお話では。ご先祖様があの刀の本来の主を陥れ、奪ったような内容じゃないの。失礼だわ。いくら薊様でも、不愉快よ。  思わず祠から目をそらしてしまったわ。不愉快なだけではない、なんだか怖いのですもの。木々を揺らす風が、ひやりと私の足元にまで忍んできます。 「ああ。寒くなってきた」  すると、傍らに立つ薊様が、私の肩をそっと抱いてくださったの。そして私を見てにこりと微笑む。とたんに、感じていた疑念や不快が溶けていくことを感じたわ。私もほっと笑いかけながら、薊様の肩に頭を寄せました。  そうよね。最初から創作だと薊様ご自身が言っていたじゃない。こんなの作り話。薊様のちょっとした遊びのようなものよ。  そんなものを真に受けて、怒ったり怖がったり、私ったらバカね……  薊様は私を不安がらせたり、悲しませたりするようなことは決してしないわ。だって初めてお会いした時から言ってくださっているじゃない。  私が運命の人だと。やっと会えたと。  はしたないと思われるかもしれませんけれど、私は自分から接吻を求めて、薊様のほうへ顔を近付けました。薊様のひんやりした唇の感触は、私には何よりも愛しく、美味たるものなの── 「薊」  その時です。  異質な声が木々の梢を騒がせました。とたんに、ざざ、と葉ずれの音が鳴り響き、すべての音をかき消してしまいました。私ははっと声のほうを見て、目を見張りました。
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