(四)

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 薊様は楽しげに顔をほころばせ、兄の椚様と語らっています。その姿に、私は激しい嫉妬を覚えました。あんなくつろいだお顔、私には見せてくれたことがない。 「……」  ふと、私の頭に唐突に閃くものがありました。たった今薊様から聞かされた話の中で、蘇芳が最期に口にした言葉です。  ──今度生まれてきた時は、二度と離れませぬ。必ずや一生添い遂げましょうぞ──  一生。この言葉が、私の全身の肌をざわりと逆立てます。  例えば。例えばあの二人が生まれ変わって兄弟になったとしたら……? 否応なく生まれた時から一緒にいることになる。そしてもう二度と離れることはない……  まさか。とっさに私は頭を振り、今の考えを打ち消しました。  何を考えているの、私ったら。愚かしいわ。そしてついつい、もう、と薊様の後ろ姿を睨んでしまいます。  こんなふうに不安になってしまうのは、薊様が語られたお話があまりにも生々しかったからよ。まるで、薊様ご本人が見てきたかのようだったじゃないの── 「──」  うなじのあたりがぴりぴりと騒ぎます。言い知れぬ不安が足元から冷たく這い上がってくる。また蘇芳の言葉を思い出したからよ。  ──この恨み、決して忘れぬ。孫子の代まで呪ってやる──  風がいっそうの冷たさを増し、ざざ、と吹き渡りました。私はその風に髪をなぶられながら、立ち尽くしました。  もしも薊様の言う『運命の人』が、まるで違う意味だったら……?  「やっと見つけた」。何を?  薊様は、恨みを晴らすべき我が本家をやっと見つけたと言ったのではないのか?  足が止まってしまう。お二人はその間にもどんどん離れていく。その姿に言い知れぬ寒気を感じながら、それでもまだ私は自分に言い聞かせていたの。  こんなの全部妄想よ。違う、違うわ、薊様は私を愛してくださっているの、私たちは幸せになるの……! あんな、得体の知れない兄など気にすることはない。浅田、椚……  椚? 「!」  とたんに私はへなへなと地面にへたり込んでしまった。今度こそ、恐ろしさが身体の奥深くから湧いてきたの。自然と歯ががちがちと鳴る。  橡とは、椚の古名ではないか!  座り込んでしまった私を、お二人が振り向いて見ました。艶然と笑った四つの目が、光ったように見えたのは気のせいでしょうか。
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