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冬の厳しさが解け、陽射しに柔らかさが混じり始めた季節だった。男たちは全員が着物の前をはだけ、年中陽に焼けた浅黒い肌を剥き出しにしていた。その威圧的な塊が、さらにじりりと蘇芳を囲む。
ひときわ体格のいい男の手が、蘇芳の腕を取った。強い力に、手の中の兎が落ちそうになる。強い汗の匂いが鼻腔をつく。やめろ、と蘇芳は呻いた。
すると、ふ、と自分を掴む腕の力が緩んだ。はっと顔を上げると、男たちがどこか陶然とした顔で自分を覗き込んでいる。
「ホンマに女みてぇだ」
そう言うが早いが、蘇芳の着物の合わせ目に手を差し入れてきた。ざらりとした熱い掌が自分の胸もとを這う。蘇芳の息が止まりそうになる。
男が叫び声を上げた。
「うひゃあ、やっぱりこりゃ上もんだぁ、村のどの娘っこより手触りがええ」
その声に煽られたのか、残りの二人の男も蘇芳を押さえつけにかかった。もう兎のことなど、男たちの眼中にはないようだった。
着物を帯ごとむしり取られた。土のひんやりとした冷たさを肩のあたりに感じる。下から伸びてきた手に、太腿の内側を撫で上げられる。ざざざ、と音まで聞こえそうな嫌悪感が蘇芳を震わせた。
「やめろっ……!」
その時だ。我先に、と蘇芳の上に馬乗りになっていた男の姿が突然消えた。混乱でぼやけた蘇芳の目に、頭上から降り注ぐ光を浴びた別の男の影がある。
「お前っ」
「魂込め野郎」
男たちが口々に叫ぶ。魂込め。その言葉が蘇芳の耳を打った。魂込めビト。
うろたえた男たちが蘇芳から離れた。現れた男は無言で彼らを見回すと、蘇芳の上から引きずり上げた男の首に腕を回した。
「うひゃあっ」
男が情けない声を上げる。回された腕に必死に爪をたて、足をじたばたと揺らした。
「さっ、触るな、この魂込め野郎があっ」
ひいい、とほかの男たちも後じさる。
「穢れる、穢れるぅ、触るな、触るなぁ」
とたんに、どんと魂込めの男が村の男を突き飛ばした。三人の男は振り返りもせずに山道を逃げて行く。その一部始終を、蘇芳は唖然と見つめていた。
魂込めの男と蘇芳が残った。男の姿は、山の色に決して溶け入らぬ美しい黒一色だった。目も、髪も、着ている着物も、何もかもが滴り落ちそうに黒い。
「怪我をしている」
やがて、ぽつりと男がつぶやいた。地面の上に投げ出されていた仔兎を抱き上げる。
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