13人が本棚に入れています
本棚に追加
それから、半時ほどがたった後。
(……たどり着けない……! こんな目と鼻の先にあるのに、いつまでたっても亭に着かない!)
あいかわらず亭は、すぐそこに佇んでいる。
だが、向う角度を変えようが、走って近づこうとしようが、後ろ向きに歩いてみようが、ちっとも距離は縮まない。
それどころか、気がつけば彼は、見たこともない景色のなかに放りこまれていた。
いつのまにか周囲には霧がたちこめ、おどろおどろしい怪獣でも住んでいそうな雰囲気の、巨大な謎の湖まで出現している。
(ダメだ、このままでは本当に遭難してしまう!)
もしやこれらはみな、月華が見せる幻影なのだろうか。
そういえば、と今さらながらに彼は思いだした。
月華はただ見目麗しいだけの龍ではなく、天界に不可侵の結界を張り神具をも創造する、類(たぐい)なき天才でもあったのだと。
「……俺があの亭に近づけないということは、もしかして彼女から歓迎されてないっていうことなのだろうか?」
思わずひとりごとを口にすると、ふいに湖上の霧のなかに、巨大な赤い文字がもわりと浮かびあがってきた。
『正解』
(……なんだ、これ?!)
まさか。いや、やはり。先ほどからのこれは彼女のしわざなのか?!
(なんだかずいぶんイメージと違う気がするんだが……?)
だが旺諒は、そこであっさり諦めてしまうほど、賢くはなかった。
霧のなかの文字に向って、彼が挑むように大声で叫ぶ。
「突然の訪問で怒ってるのか?! でも明日もまた来るからな! 今度はちゃんと予告したぞ!」
この時。言うだけ言って、さっさと踵を返して戻りはじめた彼の目には、次に浮かんできた『来るな』の文字は、映ってなどいなかった。
最初のコメントを投稿しよう!