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することもなくなって次の時間の教室に早く向かった後も、妙にそわそわしてしまいました。何か、手につかないという感じです。授業の内容さえ、すっかり抜けてしまいました。
廊下に出ると、彼が例の本を手に待っていました。わざわざ校舎の反対側まで渡しに来てくれる、なんて律儀でしょう。
「助かった。ありがとう。」
「いえ。じゃあ、これで。」
自分でもあっさりしていると思いますが、これが普段通りの私。それを解っていてくれるのでしょう、彼もとりわけ気にしていない風で去っていきます。その後ろ姿に、妙なくすぐったさが胸の中に広がりました。
次の教室に移動し、いつものように後ろの席について、問題集を開きます。廊下から聞こえる話し声には、少しうんざり。さて、さっきの続きのページは……。
ぱらぱらとめくった隙間に、小さな紙が挟まっていました。拡げると、癖のある筆跡で書かれたメモ用紙。少しの柄もない、シンプルなものです。
《七瀬さんへ
さっきは助かりました。ありがとう。
出来ればお礼したいので、何か欲しいものあったら言ってください。
浅河》
ご丁寧にメールアドレスまで書いてありました。たかだか問題集一つで、何とも律儀な人です。 話しかける勇気なぞ欠片も持ち合わせていない私のために、わざわざメモを挟んでくれたのでしょうか。
結局申し訳なさが募ってメールで丁重にお断りし、それ以来特に接点もないまま卒業を迎えたのでした。
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