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「初めて会ったわけじゃない?」
素朴な疑問が口をついて出た。一瞬彼女の表情が曇った気がした。
「覚えてないんですよ。忘れてしまったというか」
「忘れてしまった?」
彼女がコクリとうなずく。なんでもない仕草にもいちいち胸が弾む。
「ここがどこかわかりますか?」
そう言って彼女が振り返った方向には見渡す限り深い青色の海が広がっていた。もちろん海は知っている。だけど、ここは? なんで僕はここにいるんだ?
「ここはあなたにとって、そして私にとって大きな意味を持つ場所です。ここがどんな場所か思い出せれば、私のこともきっと思い出せますよ」
当惑する僕の顔を覗き込むようにして、彼女は悪戯っぽく笑った。
「それがこの旅の目的です。添乗員は私、ツアー客はあなた一人です。千陽くん」
彼女が名前を呼んだ途端、心が跳ねた。と、同時にぎゅっと心が締め付けられた。懐かしいような新鮮なような妙な感覚。
「君はなんで僕を知ってるの?」
「さて、なんででしょう。言ったはずですよ、それを思い出すのが旅の目的だと。さてーー」
彼女はぐいっと僕の右腕をつかんだ。
「それでは出発します!」
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