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不思議な感覚だった。頭の端からつま先まで身体全体が冷たい水に浸かっている。身体は鉛をぶら下げているかのように重く、だるく底の見えない海底の深い闇に落ちていくというのに、心は羽でも生えたように軽やかに青空のずっと高いところまで飛んでいくようだった。
「千陽くん」
自分を呼ぶ声にスッと目を開けると、彼女の顔が目の前にあった。
「わっ!」
慌てて跳び上がると、体が大きく傾きそのまま床に転倒してしまった。
「いっつ!」
転がったまま床に強く打ちつけた右脚をさすっていると、彼女が呆れたようにため息をついて手を差し伸べてくれた。その手を取って立ち上がると、見慣れた場所に立っていることがわかった。
「電車?」
彼女はまたため息をついた。
「そうですよ。電車で急に立ち上がるなんてまだ寝ぼけてるんですか? それとも私の顔にびっくりしたとか」
「い、いや、そうじゃないよ」
慌てて首を横に振って、僕は彼女の横に座った。彼女は読んでいた途中らしい雑誌に目を落とした。
「ところで、どこに向かってるんだっけ?」
「まずは腹ごしらえということで、千陽くんがよく行くファストフードのお店へ。…まあ、私も行きつけなんですけどね」
そう言うと、彼女は僕の表情をうかがうように一瞬だけチラッと視線をこちらに向けて、また雑誌を読み始めた。
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