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五分ほどして、師匠が料理を持って帰ってきた。見た目は料理人のものとあまり変わらない。
「さあ、どうぞ」
師匠に促されて、料理人は箸をとった。具材と麺をスープとともに啜り込む。具材と麺の香りが鼻に抜け、スープの旨みが口の中いっぱいに広がった。濃厚な豚肉の旨みや舌に染み込むような貝類の旨みなど、いくつもの味が複合して奥深さを醸し出している。口の中にとどまらず、体全体が幸福感に包まれていた。
料理人は夢中になって噛みしめ、飲み込む。箸を止めることができなかった。麺と具材のすべてを一気に平らげ、スープを一滴残らず飲み干した。空になった皿をテーブルに置いた時、もう無いのかと言う悲しい気持ちにとらわれる。
「感想は?」
師匠の言葉に料理人は顔を上げ、空っぽの皿とほとんどが残っている自分の料理を見比べた。
「すみません。自分のいたらなさを改めて思い知りました」
「そんな事を言ったら、今年の審査は不合格になるけど、いいの?」
「はい、仕方ありません」
「じゃあ、審査はここまでね」
師匠は頭に巻いていた白い布をほどいた。
「おかえり、大輔。今日は頑張ったわね」
「ただいま、母さん。でもまだまだだよ」
料理人ははじめてリラックスした表情になった。
「福路町のお店はどうなの? お店の皆さんとはうまくいっている?」
「うん、良くしてもらっている。先月からはマスターが休み番の時は看板料理のフライパンを振らせてもらえるようになった」
「すごいじゃない。頑張りなさいよ」
「ああ」
「今日は泊まっていけるの?」
「いや、明日の仕込みがあるからね。今日はもう帰るよ」
「そう……、年に一度の審査の時だけじゃなく、もっとまめに家に帰ってきなさいよ」
「うん、考えとく」
そう言うと、料理人は手早く荷物をまとめ、そそくさと引き上げて行った。
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