おかえりなさいが言いたくて

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雪男は私の頭を馬鹿でかい手のひらで乱暴に撫でた。私は罪悪感と嬉しさで泣きそうになる。 「……あんたが何回失恋しても、おかえりって言ってあげるよ」 「いい加減、好きな人におかえりって言ってもらえるような生活がしたい……」 「あっそう」 私は雪男の手を払いのけ、内心ため息をついた。だめだ、このびびり鈍感馬鹿男は。 デートのたびに謎の女に邪魔され、帰宅したら私がいて、そのことについて穿った見方をちっともしない、この馬鹿男。こいつに、私が上手に隠している恋心なんか見抜けるはずもないのだ。 私が単位を落とすギリギリまでバイトしているのは、謎の女役をしてくれる友人を雇うため。そして、雪男の彼女を買収するためだ。今回の彼女のように、謎の女がぴったりくっついていてもリアクションしないでくださいって数万積むわけ。普通怪しむはずだけど、馬鹿なのかなんなのか、雪男のことあんまり好きじゃないのか、喜んで受け取って喜んで一芝居打ってくれる。本当、雪男可哀想。こんなこと知ったら人間不信になっちゃうんじゃないかな。 私の考えなどまったく気づかない雪男は、のんきにぶつぶつ言っている。 「彼女ほしい、おかえりなさいって笑顔で言われたい……」 「そんなの、私がいくらでも言ってあげる」 「うーん、違うんだよお」 「はいはいはいそうですか」 いいよ、別に。私を選んでくれるまで、何度でも同じことやってあげる。あんたが失敗して傷ついて帰ってくるたび、何回でもおかえりって言ってあげるよ。 いつかは抱きしめて「おかえり」って言えるように。そんな日が来るまで私はこの茶番を繰り返す。
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