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先輩
先輩が引っ越しをすることになり、片づけの手伝いに行くことになった。
といっても、もうあらかた片づけは終わっていて、部屋の中はがらんとしていた。
「意外と早く片づいてな。あとはちょこっと掃除する程度だ」
先輩には色々と恩があるし、元々手伝う気で来たのだ。だから掃除の手伝いを申し出て、一緒に部屋中の拭き掃除をした。
長く家具が置かれていたため、壁や床は色違いの部分だらけだ。もちろんそれらは生活をしていれば当然の痕跡なので、壁紙の貼り替えやフローリングの手入れは大家さん任せだ。
その前に、可能な限り部屋を綺麗にしておく。先輩のそんな意向であちこちを磨いていたのだが、一か所、雑巾がけを躊躇う部分があった。
元々はタンスが置かれていたという場所に、くっきりと浮き上がった黒い染み。俺が意識してしまっているせいかもしれないが、どうにも、人間の上半身に見えてならない。
この部屋には何度も来たことがあるけれど、霊現象なんて一度もなかったし、先輩からそういう話を聞いたこともない。だけど薄気味悪くて、俺は、この染みは何なのかを先輩に尋ねてみた。
「ああ、それか。多分、前の住人だと思う」
さらりと言われたことが聞き流せず、さらに追及すると、先輩はこともなげに染みのことを語ってくれた。
ここは事故物件だが、部屋で死んだ人がいても何一つ気にならないと、先輩は値段で決めてこの部屋を借りたらしい。だが、霊感ゼロなのに、早速その夜から何かが部屋に現れ、室内をうろつきまくったという。
それが毎晩続くから、苛立ちのままに手元の雑誌を投げつけたら、何故かうろつく何かが壁際に倒れた。その際、ピンとくるものがあって、先輩は影の真上にタンスを移動させたという。
「あれ以来、ピタっと何も出なくなってな。…しかし、こんなふうになってるとは思ってもなかったよ」
物珍しそうに染みを見ながら先輩が言う。その態度に、俺は改めて、この人は凄い人だと思った。
先輩…完
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