前日談(3月27日)

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 【1】  私立桜木中学校を卒業して早一週間が経つ。いつも通り七時に起床した。  カーテンから漏れる朝日が当たる水色一色の天井も、ベッドのマットに敷かれた白いシーツも水色一色のカバーの掛け布団や同色の枕の柔らかさも、春先独特の肌寒さも、総じていつも通りで何も変わらない。自分は中学校を卒業したという感覚が無かった。  そういえば今日も休みだっけ、と頭を掻きながら自身の熱で暖められた布団からいい加減体を起こした。  次に僕はベッド脇のカーテンを開けた。  小学生の頃から習慣化されているこの行為は、僕の体を覚醒させるには丁度良い運動になっている。そして直後に浴びた煌々たる朝日は意識を完全覚醒させた。  毎年のことではあるが雪解け途中の日の光というのは眩しくてならない。隣人の屋根に掛かった中途半端な雪も日の光を反射して僕の部屋の窓から入射する。 「眩し……」  僕は腕で目を覆う。それは反射的な行為で、これも毎朝恒例である。目が慣れるとベッドから体を起こし伸ばすとそのまま学習机横のカーテンを開けた。  そこから見えたのは雪と通行人が散漫している、朝日で煌く街の姿だ。日の光やまた雪塊からの反射光は目立って入らず、先程の眩しさは感じられない。  僕はそのまま窓を開ける。  暖かい日差しよりも冷たい春風が入ってくる。 「まだ寒いな」  だけど、朝の風は気持ちいい。気分が引き締まる。こんな心地は夏や秋には味わえない。  僕は一通り期間限定の心地よさを味わうと部屋の出口へと向かった。  扉を開けると下の階からベーコンが焼ける香りがする。今日の朝食はベーコンエッグかな、と無意識に想起した。  階段を下りすぐ近くにある半開きの扉を開けると、母さんが食卓に料理を盛り合わせた食器を置いている姿が見えた。 「おはよう。今日は仕事無いんだっけ」  僕は食卓に顔を覗き込みながら聞いた。やはり朝食はベーコンエッグだった。 「うん、今日は休み。これ作ったらもうひと眠りするわ」  母さんはいつもとは違い、ぼさぼさの髪をそのままに、ノーメイクで朝食を作っていた。  時々欠伸を漏らしながらキッチンで作業している。僕はそんな母さんにはいつも感謝している。
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