前日談(3月27日)

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 父さんにも感謝している。慶にも感謝している。  母さんは仕事をしながらも家事をこなしていて僕達兄弟を支えている。だから僕は母さんを深愛している。  父さんは単身赴任で仕事一筋のため家には滅多に帰ってこないが優しく雄大な存在で、一家の大黒柱と家族を支えてくれている。だから僕は父さんを信愛している。  慶は小学生の頃に僕と一緒にサッカーを始めて、以来サッカーに関しては兄弟間を超え、互いをライバルとして、協力して喧嘩して、兄弟としてライバルとして、そんな良い関係を築いていた。僕が中学時代に脚の故障で引退を余儀なくされたときには一緒になって悔しがってくれて、そして励ましてくれた。だから僕は慶を親愛している。  僕は家族を『真愛』しているのだ。  僕は湧き出る家族愛を、食卓に揃った朝食の香りとともに噛みしめながら手を合わせた。 「いただきます」  幼少時代から刷り込まれた食事の儀式を習慣的に執り行うと、母さんもそれに倣うように同じような儀式を行った。  僕は食事を終えると洗面台へと向かった。僕は、というかおおよその人に当てはまると思うが、朝に洗面所に向かったのはもちろん歯磨き、洗顔、整髪をするためであり、決まって時間がかかる。  いつもは慶とすれ違いになるのだが、あいにく昨日から三泊四日のサッカー合宿で笹本家には現在不在中である。だから今日は慌ただしい出送りのあいさつも洗面所からする必要はないのであった。  突然だが、僕は歯磨きをする際に洗面所から離れ、家中をうろちょろしながら歯を磨く傾向がある。それは時間と気分によるのだがほぼ毎日徘徊している。  今日もその例外ではなかった。  僕は歯磨き粉と水をつけた歯ブラシを口にくわえると、だらしなく横っ腹を掻きながら鏡から離れ、廊下へと歩き出した。  笹本家徘徊コースはおおよそ決まっている。洗面所から廊下に出ると居間に向かい、居間に設置されたソファで眠る母を横目にそのままキッチンに行く。  キッチンに行くとシンクの水受けに浸けている食器を一瞥し、そのまま冷蔵庫に到着した。  よほど朝が慌ただしくない限り、僕は冷蔵庫の中をチェックする。母さんは仕事で家を空けることがあり帰りが遅いこともしばしばなので、夕飯は基本僕が作っている。だから朝に冷蔵庫の中の食料を確認して学校帰りに足りない食材を買いに行くのはすでに習慣づいているのだ。
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