アリッド

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「並のヤツなら逃げ出す仕様にしてたしな。混乱期じゃ、こんなところ、入る準備する余裕も無いし」  沈静化して、比較的に危険が少なくってから、私が起動出来るように。私のために。 「凄いな、アリッドのマスター」  私は、ゲインの感嘆を耳にしながら、マスターの白衣へ、マスターの亡骸である煤へ手を伸ばした。白衣の袖を掴んだ。  ねぇ、マスター。  私、あなたに触れたかった。  お喋りしたかった。  でもね。それより。  生きた、あなたのそばにいたかった。  不自由な入れ物(からだ)でも良かった。  あなたが生きてさえ、いてくれたら。  あの不自由な体で。 「おかえり、マスター」  って。 「それだけで、良かったのに」 「本当に残るのか、アリッド」 「はい。マスターを置いて行けません」  あのマスターの煤は、染み付いて剥がすことも叶わなければ、どこにも動かせそうに無かった。壁をぶち抜くのは、部屋が崩れそうだし。  だったら、私が残るしか無かった。幸い、私はご飯が余り必要な体でも無いみたいだ。有機物で出来ているのにね。葉緑体ゆえかどうか知らないけれど。  ゲインは、世間知らずで、また知る手段も失っている私が気懸かりっぽい。何度も「『ドール』の体だからって、完全に栄養摂取が要らない訳じゃないんだぞ? ちゃんと調べてもらおう」と言われた。あそこの部屋を開けて、私を起こした責任も感じてるようだ。だけど、私は頑として首を縦に振らなかった。問答の末、折れたのはゲインだ。 「はー。何日かに一回は来てやる。『ドール』用の栄養剤とか、配給してやるよ。ただし、ここの機材と交換な」  その前に『ドール』に詳しいヤツ連れて来なきゃ、ああ、アイツならわかるかなぁ、などとぶつくさ呟いている。 「ゲイン」 「何」 「ありがとう」  私が口角を上げ、微笑んで礼を述べると、布を巻いた後頭部をがりがり掻いて。 「しょーが無いからな……何日って、確約はしないぞ」  唇を尖らせ、不機嫌そうに、()ちた。  ゲインを見送ると、扉を閉めた。ゲインから、家の外は危険だから、共に来る気が無いなら部屋から出るなと言い渡されてしまったのだ。セキュリティは、ゲインが元通りにしてくれたそう。これでゲイン以外、ゲインの許可が無ければこの部屋を開けられない。
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