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マスターのいないときはとても暇だった。なので、マスターが帰って来ると、私は寂しがっていた動物が飼い主へ飛び付くように、すぐさま出迎えるのだ。
「おかえり、マスター」
ある日、ふらふらしながらマスターが帰宅した。私は習慣として「おかえり」と言おうとしたのだけど、あまりにマスターの様子がおかしかったので、一拍間置くことにした。
「……おかえり、マスター」
「ああ、ただいま、アリッド」
カメラアイが映す彼の表情は暗くて。何か在ったのだと、そうそうに察した。
「疲れたよ……どうしようかな」
軽い調子で、呟くマスター。私は知っている。この人は本当に参っているとき程、軽薄な態度を見せるのだ。
負けず嫌いで、人に弱みを見せたくない人だからだろうか。AIの私には、まったく考え及ばないけども。
「マスター」
「え、ああ、ごめんね」
心底、疲れてるのだろう。顔色も、心成しか悪い。ずっとだったけど、今日は飛び切りだ。
マスターは、帰ると私に外界の話をしてくれた。土産話、と言うヤツだった。
今日は、変な奇病が流行っているのだ、とマスターは教えてくれた。
私は早速検索した。確かに、ニュースサイトから個人ブログ、SNSなどで話題になっていた。いろんな見解や意見が飛び交っていたけれど、だいたい以下の単語が躍っている。
“人体発火”
“からからに乾燥された人間”
“発症は二十四時間から一週間”
“最期は炭化して、炭の外何も残らない”
マスターの話も含めて纏めると、その奇病とやらは羅患するとまず皮膚が乾く。喉も渇くので、水を大量に欲する。だんだんその量が尋常じゃなくなって行き、内臓機能の低下、熱量の増加、場合によっては発火に至ると言うのだ。
人間は脂肪が在っても、水も在った。何なら殆どが水分だ。蝋と化して、溶けて火が付きはしても水が在る限り、完全に燃え尽きない可能性も在る。
けれどこの奇病は人体を燃え易く作り変えるみたいだ。そうして乾いた皮膚が、燃料となり水分すら蒸発させ、脂肪を燃やし尽くす高温を叩き出す。こうなると、水を掛けても消えない。つまりスプリンクラーが作動しても消えない。
マスターは、燃焼率がどうの、発火率は、と言っていた。最後は「対策、ったってなぁ……」零していた。
どうもマスターは、例の広域環境保護局の連中からこの疫病の対策も催促されているようだ。
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